夏日もチラホラと登場しはじめた5月連休目前の、それでもまだ陽が落ちれば過ごしやすい気温となる夜更け。
 網戸から風を入れながら宅呑みに耽ろうとしていた山田が、急にキリッとした面構えになって高らかに宣言した。
「なぁ佐藤。俺ぁ今年こそジム通いをキメようと思ってるぜ」
 キッチンに立って簡単オツマミ──クリームチーズとレンチンしたアスパラを生ハムで巻くだけのヤツで、各々好みのドレッシングをかけて食う──を作っていた佐藤が、咥え煙草の煙を吐いて目を眇めた。
「またそのネタか。セックスしてぇならストレートに言えっつってんだろうが」
「はぁ? 違うし! だって夏ボディの季節だぜ!?」
「だったら何なんだ? 見せてぇ相手でもいんのかよ?」
「おいおい佐藤くんよォ」
「誰が佐藤くんだ」
「お前だって連れ歩くカレシに乳がねぇぶん、せめてスレンダーなほうがいいだろ?」
「お前はそもそも痩せ過ぎだと思ってるし、俺は外観でお前を選んだわけでもねぇ」
「外観じゃねぇなら何なんだよ?」
 すると振り返った佐藤が数秒、ソファで半分雪崩れてる山田を黙って眺めた。そして言った。
「外観じゃねぇならって言ったか?」
「それが何だよ?」
「あたかもそんな選択基準があるような言い方じゃねぇか」
「え? 何その、あたかもそんな選択基準はねぇような言い方?」
「──」
「──」
 2人が目を合わせたまま沈黙したとき、ロウテーブルの端で山田のスマホがメッセージの着信を告げた。
 山田が身体を起こして画面を覗くと、通知に隣人の名前があった。
 ちなみにメッセージのプレビューはこうだ。
『山田さんちでは、ジム通いはセックスのお誘いの隠語なんですか?』
「えっ、こわ」
 山田は呟いて返信した。
『こわ 何? 盗聴?』
『窓の外から聞こえましたよ』
 速やかに回答が戻り、こう続いた。
『差し出がましいようですが、俺も山田さんはもう少し肉をつけたほうがいいと思います。薄すぎても女装に適さないんで』
『女装しねーからかんけーねーわ』
 山田はそう返し、ついでに付け加えた。
『そーいや二番目の兄貴は元気かよ?』
 返信はこなくなった。
「なぁ佐藤、窓開けてっと隣に会話が聞こえるらしいぜ」
「今さら何言ってんだ?」
 佐藤はツマミの皿をテーブルに置くと、呑む前にシャワーを浴びると言って風呂に消えた。
 ひとりになった山田は、生ハムの巻物をひとつ口に入れてから対象Aにメッセージを送った。
『俺の魅力は何だ?』
『全部です』
 多忙な身分のくせに予想外のレスポンスで返ってきたひとりめの回答は、残念ながら曖昧すぎて役に立たなかった。
 山田は対象Bにメッセージを送った。
『俺の魅力って何だと思う?』
『考えるから3ヶ月ぐらい待ってくれ』
 ふたりめの答えを得るには時間がかかりそうだった。
 山田は対象Cにメッセージを送った。
『俺と女子が別モンっていう主張について説明しろ』
『んーとね、女子は女子じゃん? イチさんは存在が紙?』
 5秒後に訂正が来た。
『神』
 3人めの答えは全く中身がなかった。
 山田は対象Dにメッセージを送った。
『お前が会社で俺につきまとう理由は何なんだ?』
『おつかれさまですー! つきまとってませんが何ですか急に!? なにかあったんですか??? あっもしかして課長と』
 ここで一旦送られてきたあと、
『お宅の課長となにかありました!?』
 ここでまた途切れ、
『何度も言ってますけどオレ様課長なんかより絶 対 わたしのほうがオススメですよ〜〜 早く乗り換えましょうよ〜〜〜』
 これで終わりかと思いきや、
『乙女をいつまで待たせるんですか!? とっくに食べ頃なんですが!?』
 山田はトークルームを削除した。
 ──ひとりぐらい外観に言及するヤツはいねぇのかよ!?
 それどころか、どいつもコイツも実のない答えしか寄越さない。
 ひとり、無理矢理ひねり出してでも実のある回答を寄越しそうな人物がいるにはいるが、ソイツに尋ねる気はミジンコほども湧かないし、そもそも連絡先なんか知らないっていうか知りたくもない。
 山田は煙草に火を点けて少し考え、対象Eにメッセージを送った。
『ききたいことがある』
 既読がついて30秒後に返信がきた。
『違法なブツなら扱ってない』
『ちげーよ』
 怒ってるスタンプを間に挟んで山田は続けた。
『お前のボスはどんな理由で俺にちょっかい出すんだ?』
『こっちが知りたい』
『じゃあ俺の魅力ってなんだと思う?』
 今度はなかなか反応がなかった。
 これはどうやら、ボスに呼ばれて忙しくなったとかでない限り、ちゃんと考えてくれてるようだ。
 やがて画面が暗くなり、かわりにテレビを点けて生ハム巻きをつまみつつビールを呷っていたら、忘れた頃にポンと通知が現れた。
『ピザまん?』
 これはどうやら、考えすぎて要約されちまったようだ。
 とにもかくにも尽力に礼を述べてから、山田はスタート地点──隣人とのやり取りまでスクロールした。
『てかいま何やってんの? どうせひとりだよな? のみにこねー?』
『どうせは余計ですが、撮影が終わったらいきますよ』
 ということは、つまり女子に変身中らしい。
 メッセージがこなくなったのは二番目の兄貴ネタのせいじゃないのかもしれない。
『了解 そのままこいよ』
『ジム通いの隠語はいいんですか?』
『隠語じゃねーし』
 山田は答えて煙を吐き、灰皿に煙草を捩じ込んだ。
 佐藤が出てくる気配は、まだない。
『あとどれぐらい? 時間あるなら先に風呂入ってくる』
『30分はかかりそうなんで、どうぞ。一時間以内には行けると思います』
 やり取りを終えて立ち上がった山田は、Tシャツを脱ぎ散らかしながらバスルームに直行すると問答無用で扉を開けた。
 
 
【END】

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