最近、コイツとサシ呑みする機会が増えた気がする。
 焼鳥屋のカウンターでハツの串をクルクル回してる佐藤弟を眺めて山田は思った。
「てかさぁ、なんでこう、オンナってのはヒマさえあれば会いたがんだろーな?」
 おかしいと思わねぇ? 弟は言って、ハツにパクリと食いついた。
 ついさっき彼女からLINEがきて、今夜の誘いを断ったらキレられて別れを告げられたところだ。
「しょーがねぇだろ、そういう生きモンなんだからさぁ」
 山田は笑ってジョッキを傾けた。
「それが嫌なら女と付き合うのはやめとけよ」
「え、イチさん」
 弟が真顔になる。
「それってつまり、自分と付き合えって誘ってんの?」
「なんでいちいち飛躍すんだよ」
「だって女と付き合わなくなったらイチさんしか残んないじゃん、あ! イチさんが残りモンだって意味じゃねぇからな? イチさんと付き合ってねぇから仕方なく女と付き合ってんだからな? そこ間違えんなよ?」
 言ってることは昔から変わらないが、スーツ姿で射抜くような目を向けてくるさまは、いまや兄貴に瓜二つだった。
 学生の頃は長かったり短かったり、茶色かったり黄色かったり白かったりした髪も、今ではすっかり落ち着いて平均的な二十代半ばのリーマンだ。
 そりゃそうだよなぁ。山田は鶏煮込みをつつきながら、しみじみと年月を噛みしめた。
 ちょうど、コイツと知り合った頃の俺らくらいだもんな、もう──
「イチさんはさぁ、まだ兄貴と付き合ってんの?」
「付き合ってねぇっつーの」
「でも寝てんだろ? ずっと」
「デケェ声で言うんじゃねぇ、てか寝てねぇし!」
「イチさんのほうが声デケェよ?」
 山田は何事もなかったフリで素早く煙草を咥えた。
 弟も串入れに串を差しながら、何事もなかったように蒸し返した。
「なぁ、ホントに兄貴と付き合ってねぇって言いてぇの?」
「お前は何十年同じことを訊き続ける気だよ? 付き合ってねぇっつったら付き合ってねぇんだよ」
「何十年って、まだせいぜい十年くらいだと思うけどさぁ、じゃあそろそろ俺と付き合おうぜ? イチさん」
 山田は沈黙で答えた。
「俺いま、ちょーどカノジョと別れたし」
 もう一度沈黙で答えた。
「俺と付き合おうぜイチさん!!」
「ダメだっつってんだろーが!!」
 沈黙は破らざるを得なくなった。
「オッチャン、会計!」
 焼き台のオッサンに向かって喚くと、学生バイトの女子店員がやってきた。これがまた、焼鳥屋には相応しくないくらい無駄に可愛い。
 クソ。
 オネーチャンのにこやかな笑顔は眩しかったが、山田は相変わらず何事もなかったフリでさっさと全額支払った。飲みはじめて間もないから大した額じゃない。
 ただ、店を出るとき、
「付き合うんですか?」
 興味津々に訊いてきたオネーチャンのキラキラ輝く純粋な瞳が痛かった。
 弟は何も言わずについてきたが、外に出るなり当然のように言った。
「次どこにする?」
「あのなぁ、お前のせいで店出たのに次があると思ってんのかよ?」
「えぇ? 俺のせい? イチさんがシカトすっからいけねぇんだろ? てかまだちょっとしか飲んでねぇじゃん、全然足りてなくね?」
 後半については山田も同感だった。
「お前がさっきの続きを持ち出さねぇって約束できるなら、どっか行ってやってもいいけどよ」
「続きって?」
「だから、付き合えだの何だのってヤツ」
「約束できねぇって言ったら?」
「帰る」
「なぁ、ダメってどういう意味だよ?」
「何がだよ?」
「イヤじゃなくてダメなんだろ?」
「だから何が?」
「俺と付き合うのが」
 煙草を咥えて答えた弟は、ちょっと立ち止まって火を点けた。
 その俯けた角度から上目遣いに投げて寄越す目の、なんと兄貴に似ていることか。
 一瞬、完全に錯覚した。
 煙に目を眇める表情に気を取られているうちに、指が伸びてきて髪に触れた。
「わかった、約束する。そのかわり次行くとこは俺が決めていい?」
「え? まぁいいけど」
「今度は俺が奢るから」
「おー」
「じゃあホラ、いこ?」
 何だか急にご機嫌になった弟を訝りつつ、促されるままに歩きだした。
 が。
「あ、ここにしよーぜぇ」
「──」
 やがて弟が指さしたのは、数件かたまって軒を連ねるラブホのひとつだった。
「あのな」
「オレ約束どおり、付き合おうって話はしねぇよ?」
「だからって、おま」
「だからイチさんも、行くとこは俺が決めていいって約束、守るよな?」
「行くとこって飲み屋だろ?」
「飲み屋って誰も言ってなくねぇ?」
「──」
 記憶を手繰り寄せるが思い出せない。
「オレ言ってねぇし。イチさんも言ってねぇよな?」
「──」
 思い出そうとするが、やっぱり思い出せない。
 そもそも言ってないことなら思い出せなくて当然だ。
「イチさんがゴネたら俺、ここで大騒ぎすんぜ?」
「脅しかよ?」
「まさか。年下男子の可愛いワガママだろ?」
 咥え煙草で目を据えてくるツラは、可愛いどころか獲物を狩るオスの匂いに満ちている。
 デジャヴだ、と思った。
 あの頃の兄貴そのまんまの男が、そこにいる。
「──」
 反則だろ。
 何が反則なのかは自分でもわからない。
 とにかくそう思ったとき、さりげなく、しかし強引な力加減で背中を押された。
「待て、さと──」
 口走った途端、背中の手のひらにグッと力がこもる。
「佐藤兄じゃねぇよ?」
 わかってるよな? そう低く囁く声がどっかの誰かに重なるそばから、ホテルの入口に押し込まれて山田は焦った。
 だからっ……
 だからダメだって──
 
 
【END】

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