近県への日帰り出張を終えて田中が帰社したのは、二十時を回った頃だった。
 営業一課のフロアは一角を除いてほとんどの灯りが落とされていた。
 近づいてみると、ディスプレイと書類との三竦みでにらめっこしている佐藤の背中があった。
「お前か」
 声をかけると、佐藤がビクリと反応して振り返った。
「急に話しかけんなよ」
「じゃあどうしろっつーの、てかもっと早く気づけよ」
「あのな、俺は集中してんだよ。没頭してんの、気ィ遣えよ」
「そういや山田から声かかんなかった?」
「あぁ、きたきた。メールで」
 佐藤は諦めたように書類を置き、椅子ごと田中の方を向いた。
「飲みだろ。二課は今、ヒマっぽいかんなぁ」
「つーかお前ら、ほんと家で会話しねぇの?」
「しないこたねぇよ? よォ、とかおォ、とか遅刻すんぞ、とか」
「一応、会うんだ」
「そりゃ会うぜ。狭いとこに二人で住んでんだから」
 何言ってんだ、とでも言いたげな佐藤。
「あぁでも最近、一緒に台所でビール飲んだりするな。たまに」
「へぇ。何の話すんの、そんで」
 すると佐藤はしばし考え、
「しねぇな。テレビ観てる。台所から山田の部屋のテレビをな」
「ツラ突き合わせてビール飲みながら、テレビ観るだけ?」
「そう」
「お前ら、やっぱ変だよ」
 唇の端で笑った田中を横目で見て佐藤も笑い、再び書類を手にした。
「お前は行かねぇの? 山田と鈴木は行ってると思うけど」
「しゃあねぇなぁ」
 田中は手近な席に荷物を置いて上着を脱いだ。
「手伝ってやるから、一緒に行こうぜ」
 
 
【END】

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