山田が高熱でぶっ倒れた。
 佐藤が玄関で靴を履きながら「遅刻すんぞ」と声をかけても物音ひとつせず、仕方なく履いた靴を脱いで部屋を覗くと、妙に腫れぼったくて赤い顔をした山田がポツリと、
「あちぃ。アタマいてぇ」
 そこで頬に触ってみると、尋常でない熱さが手のひらに伝わった。
「薬飲んだのかよ」
「ねぇよ、ンなモン」
「じゃあ病院行け」
 言ってはみたが、自力で病院に向かえるような状態ではなさそうだった。
 かと言って佐藤は今日、外せない仕事を抱えていてどうにもならない。
「誰かいねぇのかよ、来てくれるような女とか」
「いねえなぁ、今は」
 佐藤は思わず舌打ちした。
「どうしようもねぇな、全く」
「いいから行けよ」
「行くけどさぁ」
 迷っているうちに遅刻スレスレの時間になってしまった。
「まぁ何か考えとくわ。じゃあな」
「おぅ。あ、鈴木に、今日は任したって言っといて」
「了解」
 歩き煙草で駅までタラタラ向かい、佐藤はホームで携帯電話を取り出した。
「あぁ、俺」
 電話の相手は高校二年生の弟だった。
「俺んとこにさ、何か食うもんと風邪薬届けてくんねぇ? 薬局で、熱が高けぇって言って選んでもらってさぁ。カネはあとでやるから──俺じゃねぇよ、一緒に住んでるヤツ──え? 女じゃねぇって。とにかく俺は仕事休めねぇから──ガッコなんかいいんだよ、一日ぐらい」
 アパートの所在を説明しているところへ電車が入ってきた。
「あ、電車来たから。じゃあ頼むな」
 あとは弟に任せることにした。今どきの男子高生だが、悪いヤツではないからまぁ大丈夫だろう。
 佐藤は欠伸をひとつ噛み殺し、ラッシュの電車に押し入った。
 
 
【END】

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