もちろんダメだって言ったしイヤだって言った。
 なのに気がついたら、山田はさっきまで着てたはずのTシャツで後ろ手に縛られ、ソファの上で仰向けに転がったまま後輩と繋がっていた。
「ッ、ン……ってぇっつーの、コラッ」
「どこが痛いんですか? まさかこの中じゃないですよね、今さら?」
 小島が言って、いっぱいに己を咥えた山田のアナに指先をねじ込む。途端に背中を撓らせた山田から艶っぽい呻きがこぼれ出た。
「ギュウギュウに入ってるのが気持ちいいんですもんね、山田さん」
「はぁ? 何、言ってんだっ? お前ごとき入ったって、ギュウギュウになんか、ンぁ……なんねー、つのっ」
「そういう、経験の豊富さを仄めかすような発言は遠慮してもらえませんか? 傷つくんで」
「経験なんか豊富じゃねぇし、お前が傷つこうが痛くも痒くもねーし、俺が緩いとかじゃなくてお前のサイズの問題だし、ん! ンっ……あ、そ、そもそ、もっ、痛ェつってんのは……あ!」
「俺のサイズが何か?」
「ちょ、待ッ……そんなしたら、裂けっ……!」
「裂けません、ギュウギュウじゃありませんからね」
「てか! 痛ェつってんのはソッチじゃなくて腕ッ、だから! 縛るとかありえねー、からっ!」
「え? 腕、ソファがフカフカだから痛くないでしょう?」
 言いながら引いた腰を、小島がゆっくり深く中に戻す。何か言いかけた山田が声を詰まらせて眉間を寄せた。
 押し入ってくるソイツに絡みついて包み込んでザワつく、熱い粘膜。
「それに縛る時、抵抗しなかったじゃないですか」
「知らねぇよ、知らない間に縛りやがってよっ」
「縛りながら痛くないか訊いたら、頷いてましたよ? 山田さん」
「ウソばっか……」
「ウソじゃありません。まぁ、さんざん焦らされたあとにやっと入れてもらえて、すごく気持ちよさそうにしてる時でしたからねぇ」
「バッカじゃねぇの、意味わかんね、日本語喋れって──あッ、ちょ、いきなりっ……ばかやろっ」
 前触れもなく抜き差しを繰り返されて山田が悶え、無意識に縋ろうとして腕が動かせないことに気づき、身体を重ねてきた男にもどかしく頬を擦り寄せる。
 耳元の息遣いの中に、抑えた笑い声が混じって聞こえた。
「なんっ、だよっ?」
「いえ」
「何笑って……んだよっ」
「何でもないです。このソファ、あんまりこういうことには向きませんよね」
 つまり、フカフカでボヨボヨしてて腰を振りにくいとでも言いたいのか。
「お前がこんな、トコではじめっから、だろがっ」
「抱きたくなったんだからしょうがないですよ」
「何がしょうがね……てかだったら文句っ、言ってんなっ」
「はいはい、言いません。どこで抱いても山田さんは最高ですもんね」
「意味わかんねぇしっ」
「わからなくていいですよ」
 山田の喉に唇で触れて小島が囁いた。
「何もわからなくなればいい」
 声は優しい。
「そしたら俺のところにいてくれますよね、ずっと」
「──」
 身体に深々と刺さる後輩は、もう抜けないんじゃないか。一瞬、そんな錯覚が山田に訪れた。
「腕も、ほどくのやめましょうか」
「──」
「ねぇ山田さん」
「──」
 山田は答えず、仏頂面で目を閉じて顔を背けた。その頬に唇で触れて小島が訊く。
「答えがないのは、否定はされてないって考えていいんでしょうか?」
「めでてぇヤツだな、肯定してねぇし」
「またユンケルですか?」
「メーカーとかカンケーねぇからな!」
 間髪入れずに山田が制した。
 その気迫たっぷりの表情を見て、小島が口元を緩ませた。
「はいはい、関係ありませんね佐藤製薬は」
 何か言いかけた山田の奥を再び抉り、声が漏れ出た唇を塞ぐ。途端、放置していたことを責めるように吸いつく粘膜。
 そのいじらしさ、ねっとりと小島を包み込む熱さが、そうじゃないってわかってるのに愛情を勘違いさせる。
 そんなものはないってわかってるのに。
「山田さん──」
 腰の後ろに手を入れると、Tシャツでひとまとめにされた両手が触れた。
 揺すられて呻く山田の指が、縋るように小島の指に絡んできた。
「帰らないって言ってくださいよ、山田さん」
 山田は答えない。
「ずっとここにいるって言ってください」
 山田は答えない。
「言わないとほどきませんよ。それから山田さんちの鍵は外の川に捨てます」
「帰んねぇし、ここにいる」
 山田は即答した。
「ほんとに?」
「さぁな、もしかしたらホントかもしんねぇ」
「俺を好きって言ってください」
「別にキライじゃねぇ」
「そうじゃなくて、好きって言って」
「腕ほどいたら言ってやる」
「──」
 しばし黙って山田を見つめた小島が、やがて困ったような笑顔を見せた。
 
 
 四日ぶりのボロアパートは、何だかちょっとよそよそしい表情で山田を出迎えた。
 もちろんイメージの話だ。アパートに顔なんかない。
 山田はシャツが詰まった紙バッグと鞄を手にタラタラと階段を上った。
 マンションに持ち込んでたもう一着のスーツは、小島がクリーニングに出しておくことになった。
 山田は必要ないと言ったが、小島は「ついでですから」と何のついでなんだかサッパリわからない論理で頑として譲らなかった。
 まぁどっちにしろ、いっぺんに全部持ち帰るのは荷物になるし。
 仕事のあとにもう一度寄ればタクシーで送っていくのに。朝、カネ持ちの後輩は不満げなツラで言ったが、山田は断固シャツ入りの紙バッグを持って出勤した。
 階段を上りきり、今朝まで過ごしたマンションの通路とは大違いの、年季の入った外廊下を歩く。
 玄関の前で立ちどまり、鍵を開けてドアを引いた。
「──」
 そのまま閉めた。
「──」
 山田は台所の小窓に目を遣った。今の今まで気づかなかったけど灯りが点いてる。
 その場に立ち尽くしたまま数秒考え、そっとノブに手をかけて再度ゆっくり引いた。
「何やってんだ?」
「わぁっ!!」
 山田は喚いて三和土に紙バッグを取り落とした。
 なんと、いるはずのない男が食卓の椅子で煙草を吸っていた。不在中の同居人だ。
「で、出た……!」
「幽霊じゃねぇっつーの」
「ナンでいんだよっ?」
 佐藤は答えず、玄関で突っ立ったままの山田のもとにやってきた。
 手を伸ばしてドアを閉めてから、動かない山田を覗き込む。
「もっと喜んでみせろよ、久しぶりなんだからよ」
「えーっと、あー、アドリブに弱くて俺」
「アドリブ関係ねぇだろ、素直に嬉しさを表現すりゃいいだけのことじゃねぇか」
「えーっと、素直に戸惑ってて、いま」
「男の部屋に連泊して帰ったとこだからか?」
「は?」
 見上げた山田の視線を受け流して、佐藤は転がっていた紙バッグを拾い上げた。中に覗くシャツの束をチラリと見たがコメントはない。
「小島んちに行ってたんだろうが、今週ずっと」
「え、ちょ、誰がンなデマ……」
「デマのために俺がわざわざ帰ってくると思ってんのか?」
「てか、わざわざ帰んねぇだろ、ンなことで……」
「ンなことで帰るかどうかは俺が決める」
 言いながら紙バッグを壁際の床に置く佐藤。
「てか、え? この時間にここにいるって、お前今日会社は……」
 山田だって、大して残業もせず寄り道もせずにまっすぐ帰った。
「あぁ、半休取った」
「は? わざわざ半休とか取んねぇよな、ンなことで」
「それも俺が決めんだよ、文句あんのか」
「あーわかった、なんか仕事で用事あって戻ってたんだろ今日、ぜってェそーだ」
「さぁな」
 山田のこめかみのあたりで答え、男はネクタイを解いていく。
 自分のじゃない、山田のネクタイをだ。
「ちょ、てか佐藤お前っ、大阪の女はっ」
「何の話だ?」
「トボけたって知ってんだからな、あっちに熱愛中の女子いるとかっ」
 熱愛とは言わなかったが、田中は。
「お前こそどっからンなデマ仕入れてんだよ?」
「デマじゃねぇもん、たしかな筋の情報だもん」
「そんで怒って小島んちに転がり込んだのかよ」
「はぁ? ンなの別にお前の勝手だし怒ってねぇし行ってねぇから小島んちとか」
「だったら脱いでみろ」
「何……」
「脱げよ、ここで」
 低く囁く佐藤の指が、シャツのボタンをひとつ外す。
「隠すようなことは何もねぇんだろ? なぁ山田」
 山田なりに言い返したいことはいろいろあった。が、できなかった。唇を封じられたからだ。
「ッ、ん……!」
 馴染んだ煙草の匂い。藻掻く身体を壁に押しつけられて深く奪われながら、山田は鈴木の声を聞いた気がした。
 佐藤さんにも黙っててほしいって、結局言いませんでしたよね? 山田さん──
 
 
【END】

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