このマンションがどんなに高級であっても、一室一室の広さはたぶん常識の範疇だろう。
 それでもクィーンサイズのベッドを置いてなお、小島の寝室には適度な余裕があった。
 なんでこんなでけぇベッドが必要なんだ?
 はじめて見た時、山田はそう訊いた。寝相が悪いんですよ、小島はそう答えた。
「お前が寝相悪いとことか見たことねぇ……てか、どけってそこ」
 山田は言って、腹に載っかる男の頭を押し遣った。Tシャツを捲られた肌を湿った髪の毛がくすぐるモンだからムズムズしてしょうがない。
「その、俺の寝姿を把握してる感じの発言は嬉しいですけど、何の話ですか?」
「カン違いすんな、把握なんかしてねぇ」
「はいはい、いつも俺より先に寝て俺より遅く起きますもんね山田さん。それで?」
「はぁ? いつもとか言うほどお前と寝てねーっつーの」
「はいはい、時々ですね」
「時々っつーほど……」
「それで、寝相がどうしたんですか」
「寝相が悪いからベッドがデケェんだろ?」
「あぁ……もちろん、それだけじゃありませんけど」
「女と寝るためだって素直に言えばいいじゃん」
 まさか、と小島は笑ってTシャツをさらに押し上げると、
「山田さんと寝るためですよ」
 そう言って、腹に這わせていた唇で今度は乳首を咥えた。山田がヒクリと揺れる。
「ッ、だから、そーいう見え透いた──てか冷てぇんだって髪っ」
「すみませんね。早く山田さんのところに戻りたくて乾かす手間を省いたものですから」
「ちょ、喋りながらソコっ……舐めんなっ」
「ココを弄られてる時の山田さんの顔、好きなんですよねぇ」
 小島は舐めて勃たせた乳首を指先で摘み上げ、切なく歪む山田の表情に頬を緩めた。
 ベッドに入ってダラダラとゴロ寝しながらコロナを干したあと、宣言どおりグースカ寝入っていた先輩のもとに風呂上がりの後輩が潜り込んできたのは、ついさっきのことだ。
 そして後輩の方も宣言どおり、先輩の寝込みを襲った。
「うるせぇ黙れ離せっ、つーか遅くていいから乾かしてこいっつーのアタマ、むしろ遅く出てこい、そんで大人しく寝ろっ」
「でもソファじゃなくここで寝てたってことは、つまり待っててくれたんですよね?俺を」
「カン違いすんな、ソファは腰が痛くなんだろーが」
 実は経験済みの山田だった。
 最初にここに連れて来られた時、お前と一緒になんか寝たら明日会社に行けねぇだろ! とフカフカのソファでひと晩寝たら、翌朝腰痛に苦しむ羽目になった。
「そりゃ、俺と寝た方が腰には優しいですよ」
「何、自信満々にソファと張り合ってんだ? 変態野郎が」
「別に張り合ってませんし、変態ってね山田さん。初めてのときに縛って無理矢理したくらいで、あとはノーマルなセックスしか強要してないつもりですけどね、俺」
「強要って認めんな、開き直んな……てか脱がせんなソレっ」
 山田のウエストを小島がひん剝いていた。
「だって山田さんサイズのパンツはこれ一枚しかないんだから、汚したら明日困るでしょう?」
「お前が何もしなきゃ汚れねーんだよ変態がっ」
「変態変態繰り返さないでください」
「変態じゃねぇか」
「あの夜の意地悪なら心から反省してますよ」
「反省で済むならケーサツはいらねぇんだよ」
「責任取って一生面倒みます」
「できねぇことを適当に言うんじゃねぇ」
「できるんならしてもいいんですか?」
「は?」
「山田さんの一生を預かるぐらいできますよ。預けてくれるんですか?」
「──」
 カネ持ちのボンボンはこれだから……
 無言で見返す間に山田の下半身は完全に剝かれ、両手で左右に大きく開かされていた。
 本気ですからね、と言って笑う小島の笑顔が、床に置かれたフロアランプの灯りを受けて柔らかな色に染まっている。
 コイツが食いまくった社内の女みんな、このツラを見たんだろうな畜生、ひとりでイイ思いしやがって──とタラシな後輩を憎々しく眺めながら思いつく限りの女子社員の顔を脳裏に浮かべていた山田の上に、ランプの灯りに負けないぐらい柔らかな囁きが降ってきた。
「ねぇ山田さん。何ひとつ不自由させないし、必ず幸せにしますよ」
「──」
 カネ持ちのボンボンは……
 胸の裡で繰り返しかけた時、寝起きのナニをペロリと舐められて山田は跳ね上がった。
「いきなり舐めんなッ!」
 咄嗟に逃げようとした腰を引き戻されて、頭からパクリと喰われる。
「! いきな、り……ちょ、コラ変態っ」
 今度は変態の一語も意に介さず、小島はまだ寝ボケまなこの息子を優しく、かつ容赦なく起こしにかかった。おかげでソイツが完全に覚醒を果たすまで、大した時間は要さなかった。
「ん、あぁ、おいっ、だから眠ィんだってば……!」
 股間に生えた頭を掴み、山田が腰を捩って喘ぐ。
 でも聞き入れてもらえる気配はちっともなく、それどころかタマまで掴まれて手の中で嬲られてさんざん気持ちよくされた山田は、しまいにはコノヤロウとばかりに内腿で男の頭を挟んで締めつけた。
「聞いてん、のかよっ!」
 ようやく小島が顔を上げた。
「痛いですよ山田さん」
「テメェが聞かねーからだろがっ」
「聞いてますよ。眠いけど気持ちいいんですよね?」
 言って先端を濡らす蜜をチュッと吸い上げた途端、山田の唇が切ない呻きにほどける。
「ほら、すごく良さそうです。可愛いですよ山田さん」
「うるせぇ誰が、変態っ」
「また変態って言う。いい加減にしないとガムテープで口を塞ぎますからね」
「剝がす時イテェだろーが、つーかやっぱヘンタイじゃねぇか、ノーマルなセックスが聞いたら怒るぞっ」
「こんなにしっかり感じてるくせにいちいち文句言わないでください」
 小島が溜め息を吐いた。山田がフンと横を向く。ただし、股間のソイツは上を向いたままだ。
 覆い被さるように山田を覗き込んだ小島が、ふと剝き出しの腹に手のひらを這わせて呟いた。
「瘦せましたね、山田さん」
「そうか?」
「ちゃんと食べてないんじゃないですか? 佐藤さんがいなくなってから」
「そこまで貧しくねぇし、佐藤に食わせてもらってたワケじゃねぇ」
「経済的な話じゃありません。食欲がないんじゃないかって言ってるんです」
「俺の食欲と佐藤に何の関係があんだ?」
「いえ、別に」
 佐藤の不在と山田の食欲についての因果関係は不明のまま有耶無耶になった。
 かわりに放置されていたムスコにゆるりと手のひらが這い、山田は震えて息を吐いた。
「ねぇ山田さん。山田さんがこうして俺と寝る理由って、何でしょうね」
「はぁ? 知らね……よ」
「拒むのが面倒くさいから?」
「知らねぇって、ぁ、あっ」
「じゃあ、佐藤さんがいない寂しさを誰かに埋めてほしい?」
「何言って……意味わかんね、てかちょ、そこダメ……」
「それとも」
 ちょっと間が空いた。
 やがて、山田が息を乱しながらも痺れを切らしたように声を上げた。
「何だよっ?」
「え?」
「それとも何だよ!」
「あ、言っていいんですか?」
「何だお前は、気持ち悪ィだろーがっ、言いかけてやめたりやりかけて放ったらかしたりすんな!」
「そんなに潤んだ目で怒らないでください。色っぽすぎですよ山田さん」
「うるせぇ変態、そんで何なんだっ」
「ほんとは俺のことが好き、でしょう? 正解は」
「──」
 
 
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