佐藤が起き出した時、既にコーヒーの匂いが充満していた。
 部屋を出ると、台所の食卓で自室のテレビに目を遣りながら山田が煙草を吸っていた。
「珍しいな、ずいぶん早ぇじゃん」
「大事な打ち合わせがあんだよ、朝イチで」
 山田が欠伸混じりに言ってコーヒーを啜る。
 テーブルの上のパッケージから勝手に一本抜き、佐藤は火を点けた。
「小島と一緒にか?」
「まぁなぁ」
「結構、仲良くやってるみたいじゃねぇか」
「冗談だろ」
 山田は言って、灰皿に煙草を押しつけた。立ちあがって椅子の背に掛かった上着を取り、佐藤を見て訊く。
「テレビ、点けとく?」
「どっちでも」
「んじゃ、あとで消しといて」
「あぁ」
 上着を羽織って煙草と携帯をポケットに押し込む一連の動きを、佐藤は立ったまま煙草を咥えて眺めた。
 山田は黒いビジネスバッグを脇に挟むと、玄関で靴を履きながらまた欠伸をした。
 佐藤はふと思いついて煙草を消し、近づいて伸ばした手を山田の腰に回した。
「あ? ちょっ」
 有無を言わさず引き寄せる。
 バランスを崩した背中が佐藤の胸にぶつかってきた。バッグが三和土に落ちる。
「何だよ!?」
 振り向きかけたその首に、佐藤は無言で喰らいついた。
 シャツの襟に隠されていない部分を、歯形がつくほど噛んできつく吸いあげる。
「ッ、いてェッ」
 山田がビクリと震えて喚いた。
「おい! ついたんじゃねーか!?」
「何が?」
 片腕で腰を抱いたまま、佐藤は上着とシャツのボタンを外して腹に手のひらを突っ込んだ。
「ちょ、何だよ!? 遅れんだろ!」
「重役出勤すっか、二人揃って」
 言って佐藤が股間を掴み、山田が弾かれたようにその手首を掴んだ。
「やめろって! 打ち合わせだっつってんじゃん!」
「だから?」
「遅れんだろ!?」
「心配しなくても遅刻しねぇよ」
「直行すんだよ、途中で落ち合ってっ」
「小島クンと?」
「しょーがねぇだろ!? 客の都合に合わせんだから」
 でも耳を貸さずに手のひらを動かすと、すぐに山田の息が乱れはじめた。
「やめ……何妬いてんだよ、佐藤っ?」
「誰が妬くんだよ」
「じゃあ何なんだ、これは」
「さぁな」
「つーか佐藤! マジで時間が」
「知るか」
 一蹴して、佐藤は山田のベルトに手をかけた。
 
 
【END】

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