佐藤弟がそれに気付いたのは、ほんの偶然だった。
 例によって山田宅に上がり込んでいた時、目の前でTシャツの襟元から手を入れて肩の辺りをバリバリ掻き始めた山田の鎖骨の辺りに、見てはいけない痕跡を見つけてしまったのだ。
 痕を残すなんて、よっぽど情熱的で積極的で執念深い女に違いない。
 いや、でも、ぶつけたりした痣かもしれないし?
 いやいや、あの場所であの色合いであのサイズは、ぶつけたなんて可能性低いよな。
 自分が品行方正とは言い難い佐藤弟は、しかし山田の品行は大いに気になった。
 山田はそんな視線に気付きもせず、何事もなく襟から手を抜いた。
「イチさん」
 思わず、佐藤弟は声に出して呼びかけた。
「ん?」
 山田が顔を上げる。
 いつも通りの山田の表情が、今はなぜこんなに頼りなく見えるんだろう?
 佐藤弟は妙な焦りを感じ、言わずにはいられなかった。
「俺がどっかからオンナ調達するから、俺の知らないところで血迷って変なオンナ掴まないでよ!?」
「はぁ?」
「何だったら俺のカノジョ貸すし!」
「いらねえよ。何言ってんだ?」
 そこへ佐藤兄が帰って来た。
「何だよお前、また来てんのか」
「いーじゃん、俺の勝手じゃん」
 佐藤兄が山田に向き直り、軽く肩に触れながら言った。
「煙草くれよ山田」
 一瞬──
 山田の肩に乗った兄の指先が問題の場所をひと撫でするのを、弟は確かに見た。
 それは実にさりげない動作だったが、佐藤弟の意識には鮮烈にピンときてしまった。
 そうか、これが直感ってヤツか。何もこんなことで働かなくっても、テストん時とかに役ん立ってくれりゃあいいのにさ?
 ──つーか、マジ? 兄貴かよ? つーか……え?
 ──じゃあ情熱的で積極的で執念深いのは、ウチの兄貴?
 
 
【END】

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