「よォ、佐藤よう」
 ベランダから山田が顔を出した。
「お前、コレ取れてねぇよ」
 洗濯物を干していた山田が手にしているのは、佐藤のワイシャツだった。
 差し出された部分に淡く残る、口紅のあと。
「自分でちゃんと落としとけよ」
 そう言ってシャツを手渡し、山田は作業に戻った。
 佐藤は渡されたシャツをベッドに放り、咥え煙草のまま山田の様子を無言で眺めた。
 やがて洗濯物を干し終えた山田が、自室を通ってカゴを戻しに脱衣所へと入って行く。
「山田」
「あぁ?」
「ちょっと」
 佐藤が呼ぶと、部屋の入口に山田がタラタラ現れた。
「何」
「ちょっと来いよ」
「何だよ」
 山田は面倒くさげに言って、ベッドに腰掛ける佐藤のそばまで近づいてきた。
 佐藤が促すまま隣に座ったところに、手を回して押し倒した。
「おい、昼間っから何だよ」
 顔を顰めて見上げてくる山田は、いつもと同じで受容も拒否もない。
 佐藤の戯れ事に付き合うのは、単に抵抗が面倒だからに違いない。
 佐藤は真上からその顔を眺めた。
 両手で頬を挟んで唇を重ねた途端、予想した通り山田の身体がビクリと震えた。
 慌てて佐藤の肩を押し戻し、顔を背けようとする。指が触れているこめかみの辺りが、異様に速く脈打っている。頑なに歯を食い縛っていて舌を入れられない。
「何でキスは嫌なんだ?」
「だからっ、必要ねーのにすることねぇじゃん」
「──山田、お前さぁ」
「なんだよっ」
「俺のこと好きなんじゃねぇの」
 言った直後、力任せに突き飛ばされて佐藤はベッドの下に転がっていた。
「バァカ! ヒトで遊ぶのもいい加減にしろよっ!」
 山田は言い捨てて、足音も荒く玄関から飛び出して行った。
 
 
【END】

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