いや、でもまさかマジでそんなトコに、そんなモノが──
 息を呑んだ直後に気を取り直して疑ったのも束の間、溜め息とともに項に触れた声が儚い希望を打ち砕いた。
「久慈……お前ん中、超、熱ィ」
「──」
 やっぱり気のせいなんかじゃなかったらしい。
 穴を押し開かれてるような感覚。その内側に、外じゃなく確かに内側に異物の存在がある。たぶん、まだ先っぽだけだ。でも先っぽだろうが何だろうが、西浦が入ってきたことにかわりはない。
 久慈は詰めていた息を吐き、床に踏ん張る脚を小さく震わせながら懸命に文句を垂れた。
「ッ、フザけんなよ、こんなっ……ハナシが違わね……かっ」
「入れてぇって言っただろ、さっき」
「俺はいいって言ってね、あ、ぁっ!」
 否定の声は、再開されたムスコへの刺激で掻き消えた。同時に、ケツの穴が咥え込んだ西浦をしゃぶるように痙攣するのを感じた。
「吸いついてる、久慈」
「!!」
 よもやそんな、ベタなAVでしかお目にかかれないようなセリフを自分が喰らう日がこようとは。
 恥ずかしいやら腹立たしいやら、とにかくいろんな感情がゴチャ混ぜになって脳ミソを掻き回されて、馬鹿野郎! と胸の裡で叫んだ久慈のアナから、ふと西浦が抜けた。が、次の瞬間、再び穿たれて息を呑む。と思ったら抜けて、また入る。
 そのまま同じことを何度も繰り返されるうち、いつしか久慈の唇から淡い喘ぎが漏れはじめていた。咥えたソコも抜き差しに合わせてヒクついてはキュッと締まる。
「んン、はっ、西浦、ちょ……マジそれ、イヤだっ」
「なんで。すげぇ気持ちいいんだけど」
 答えて寄越した西浦の声も、やや余裕を欠いてる。そういえばケツを出入りするたびに響く湿った音が、だんだん水気を増してきてる気がする。
「そっちがよく、ても俺は嫌……ぁっ、ヤなんだよっ」
 てか、そんなにイイんならさっさとイきゃいいんじゃねぇのか!?
 強いられる行為に歯を食いしばり、でもすぐに解けてしまう唇から甘い息を零しながら、久慈はシンクの縁を掴む手に力を込めた。もう、小刻みに震える両腕が体重を支えかねてる。
 限界が近い。全身でそう感じた時、ふいに穴を嬲る動きがとまった。久慈を扱く手も緩慢になって、肩の後ろに西浦の唇が触れた。
「なぁ……もっと奥、入ってもいいか」
「は?」
 シンクの底に視線を落としたままボンヤリと訊き返した久慈は、控えめながらも内側に向かって押し込んでくる力を感じて意味を悟った。奥──つまりコイツは、もっと深く突っ込みてぇって言ってるわけだ。長年の友人である久慈の中に。
「ッ、ダメだ、無理、ぜってぇダメだからなっ……むしろ出ろ、外に」
「ここはそう思ってねぇみてぇだけど」
 西浦を咥えている穴の縁を指が辿った。抜き差しがとまってからヒクつき続けていたソコが、ひときわ大きく痙攣してキュッと締まる。
「ほら」
「ち、違うからっ」
「な、ちょっとだけ」
 言って項に顔を埋めた西浦が、妙に優しげな手つきで久慈のナニを撫で上げた。
 冗談じゃねぇ。たかが一発抜くために、なんで自分がそこまでしてやらなきゃなんねぇんだ? わざわざ度数の高い酒まで喰らって酔っぱらってやって、1人でハダカに剥かれて、ケツにちょこっと突っ込まれて、それでもまだ足りねぇって言うのかよ?
 ていうか奥に入れてぇ? ちょっとだけ?
 よくよく考えてみたら、いや考えるまでもなく同性の同僚相手に吐くセリフじゃない。そんなのはベッドで女相手に垂れ流してりゃいい。
「つか、そんなに奥まで入れてぇんなら、家帰って嫁さんとやりゃいいだろ……!?」
 久慈が喚いた途端、背後で呼吸をとめる気配があった。
 数秒の沈黙。やがて西浦が小さく息を吐き、首筋に唇を押し当ててきた。まるで女を宥めるような仕種で。
「そうだな、悪ィ。もう言わねぇよ」
 ──悪ィ?
 そのひとことが、何だか神経に引っかかった。
 この場合、別におかしくはない。理不尽な無茶を抜かしたんだから謝ったって当然だ。なのにこの違和感は何だろう。
 が、その正体がわからないまま不意打ちで乳首をイジられて久慈はビクリと跳ね上がった。
「あッ」
「久慈……怒ったか?」
 久慈の股間を掴んでいた手で腹を抱いて、乳首を摘んで首や顎にキスを落としながら西浦が言う。
 やっぱり何かがおかしい。チラリと思うと同時に、張りつめっぱなしの小さな突起を嬲られて思考が乱れる。
「てか、別に怒ってねぇからっ……そこ触んのやめろっ」
「お前マジで弱ェんだな、ここ。こっちと」
 腹の手が股間に舞い戻ってひと撫でする。
「ん!」
「どっちが気持ちいいんだ?」
「ッ、余計ェなこと訊くんじゃね」
「なぁ、先にイっていいか」
「だからイけよ、さっさと!」
 そうだ、さっさとイかせて終わらせた方がいい。さっきから頭の隅で燻ってる正体不明の不可解なモノが、何でもいいから早く終わっちまえと久慈を急き立てる。息を詰める気配を後頭部に感じた。腹を抱き直した西浦が己を擦り出したらしい。その動きに合わせて、相変わらず入ったままの先っぽでケツの入口を揺すられた。
「ちょ、入れたまま、かよっ?」
 絶頂を目指す男からの答えはない。
 久慈は目を閉じて息を吐くと、股間で放置されているムスコを握り込んだ。
 このまま西浦だけがスッキリして1人取り残されるなんてのは勘弁してほしい。こんなに協力してやってるってのに、そんな結末は納得いかない。
「は……」
 蜜に塗れたソイツをぬるりと扱いた途端、溜め息が震えた。
「久慈」
 吐息混じりに呼んだ唇が首筋にむしゃぶりついてくる。それはまさに『むしゃぶりつく』といった熱っぽさで、荒い息遣いとともに噛みつかれて吸いつかれて舐め回される。
 何、野郎相手にガッついてんだ……!? 思う一方、酔いでフワフワする身体は素直に受け入れて反応し、余計に乱れた。
 自ら扱くナニの快感、項を貪られる刺激、尻に咥えた西浦の存在。それらが融け合って増幅し、余すところなく久慈の全身を犯しつくす。
「久慈、出る」
 掠れた低い声が告げた。シンクの縁に残る左手に、指を絡めるようにして西浦の左手が重なった。
 まだ指輪が嵌ってる──視界にチラリと捉えた己の薬指のことは、しかしすぐに脳ミソの片隅に追い遣られた。重なった手に力が籠もった直後、耳もとに深い溜め息を聞いたからだ。ケツから伝わっていた振動がとまる。どうやら宣言どおり、ようやく西浦がイったらしい。
 が、この状況でいったいどこに出したんだ? という疑問を抱くより早く、放出直後のソレを体液とともに押し込まれて久慈は悲鳴を上げていた。
「あ……ぁ!」
 もちろん萎れかけてはいるものの、まだ完全に芯は失っていない。
 ぬめるソイツを根元まで入れられて2、3度抜き差しを繰り返される間に、久慈も腰を震わせて達していた。自慰を含むこれまでの性行為史上初、とも言える淫らに濡れた喘ぎを漏らしながら。
 収縮する内壁に扱かれて久慈の中に完全に注ぎきった西浦が、最後に満足げな息を吐いて出ていった。引き抜かれる感触にヒクついた穴から生ぬるいものが溢れ、久慈の身体が揺れた。
「あ……」
 久慈は乱れた息を継ぎながら呆然と床を見つめた。シンク下の扉に貼りついた精液がトロリと流れ落ちている。
 安っぽいクリーム色のプラスティック面に垂れる己の体液。それを目にした途端、何だかひどく情けない気分に見舞われた。身体にはまだ酔いが残っていてフワフワと頼りない。それでも生理的な欲求と一緒に精神的な昂ぶりも吐き出したあとには、猛烈な羞恥と後悔がへばりついていた。
 自宅の狭苦しい台所で全裸になって、いったい何やってんだ俺は──?
 久慈のそんな思いには気づいた様子もなく、元凶である西浦が肩に唇を押し当ててきた。
「久慈……すっげぇ良かった」
「ちょっと待った」
 思わず言った。
「女とやったあとみてぇなコト言うんじゃねぇ、てか良かったら何だっつーんだよ」
「え? 褒めてんだから怒ることねぇだろ、役に立たなかったとか言われるよりいいだろうが」
「──」
 久慈は未だに重なっている左手に目を遣り、西浦の手のひらの下から引っこ抜いた。ついでに薬指の指輪も抜く。
「いつまで手ェ握ってんだ、一発分の誓いってヤツはもう終わっただろ」
 振り向いて差し出した指輪を西浦は無言で受け取った。久慈はフラつきながら足もとの衣類を拾い、西浦の身体を押し退けようとしてふと訊いた。
「ホントに役に立ったのかよ?」
「え?」
 西浦が指輪に落としていた目を上げた。
「ちょっとはスッキリしたのかよ、俺で一発抜いて?」
「あぁ、うん。予想以上にな」
「だったらまぁいいけど、いやホントはよくねぇけど全然。つーか、こんなバカみてぇなことしてるより家帰って嫁さんとやれよ、マジで」
 本気でそう思った。とんだハプニングではあったけど、少なくともさっきまでの憂鬱そうなツラと比べれば元気になったように見えるし。野郎のケツに突っ込んで一発抜くぐらいの気合いがあったら、嫁さんを押し倒して説得するのなんかワケねぇんじゃねぇのか。
 が、西浦は答えない。
 久慈はやれやれと息を吐き、Tシャツを頭から被った。股間も尻の狭間も妙に潤んでる状態で下を穿く気にはなれなかったから、そのままの格好で西浦を押し遣って部屋に戻った。
 ロウテーブルの上には吸い殻と灰が散乱していた。ビールの空き缶も2、3本横たわっていて、飲み残しが天板を流れて床に垂れた痕跡まである。
 舌打ちして煙草を咥えた久慈の隣に、いつの間にか近づいてきた西浦が立った。久慈からパッケージを奪って1本咥えたが、まだ何も言わない。左手の薬指には指輪が戻っていた。久慈は煙を吐き、言った。
「ったく信じらんねぇよ、ありえなくねぇ? ケツに突っ込むとか」
「ケツに突っ込んだとかって言い方、大袈裟じゃねぇ? ちょっとしか入ってねぇだろうが。お前、奥まで入れるの許してくんねぇし」
 奥まで入れさせろと迫った、懐柔するような声を反芻した瞬間、なぜか腹の奥が不穏にザワついた。
「許すわけねぇだろ、ンなの! てか入れたじゃねぇか結局!?」
 声を上げたはずみで締めていた穴が緩んだらしい。尻の狭間に溢れた生ぬるい感触に、久慈はヒクリと震えてしまった。
「ッ……」
「久慈?」
「何でもねぇ、とにかくスッキリしたんなら帰れよ。嫁さんが100パー決めちまわねぇうちに引き留めろって」
「奥まで入れたことになんのかよ、あれで?」
「は? もういいだろ、その話は」
「お前のケツで気持ちよくなってイったわけじゃねぇし、さっきのは」
「だったら何なんだよ? てか俺、もっかいフロ入っから。帰るんなら鍵、あとで締めるからそのまんま開けといて」
「久慈」
 まだ長い煙草を消してフロ場に向かおうとした久慈を、西浦の腕が引き戻した。身構える間もなく、まるでそうするのが当たり前のような自然さで唇を奪われる。が、それは重なっただけですぐに離れた。
「ッ、何やってんだ、意味わかんねぇし」
 腕を振り解いて睨みつけると、西浦は何食わぬツラで「何でもねぇ」と言って煙を吐いた。それから一拍置いて続けた。
「うん、やっぱ帰るわ」
「そのほうがいいって」
 答えた久慈は、ふと友人の全身を眺めた。
「そういや服どうすんだよ、ソレで帰んのか」
 言われて初めて気づいたように、西浦が自分の身体を見下ろした。
「あぁ、さすがにこれはちょっとなぁ。あーでもシャツ、カゴに入れちまったし。お前も脱いだモン上から入れたよな」
「まぁな。てか考えたらさぁ、明日帰るにしたって来週じゃダメじゃん? シャツ。明日来て帰んなきゃいけねぇんだから」
「あぁ……そうか」
 2人はちょっと目を見交わした。西浦が黙って煙を吐くのを見て、久慈ももう一度煙草を咥える。しばらく互いに無言だった。
 先に口を開いたのは西浦だ。
「酔ってたな、俺ら」
「特にお前がな」
「途中からはお前の方が酔っぱらってたじゃねぇか、ジンなんか一気飲みして」
「黙ってろ」
 一瞬、体温が上がりかけたのを遣り過ごした。わざわざアルコールを摂取してまでさらした己の醜態が脳ミソを掠めた。それを力任せに片隅へ追い遣り、結局火を点けなかった煙草をテーブルに放って、何ごともなかったフリでクロゼットを開けた。
「しょうがねぇ、シャツはなんか着れそうなヤツ貸してやるよ。ちょっとぐらいサイズ合わなくてもわかんねぇだろ、コート着るし」
「富士山柄のパンツは借りてっていいのか」
「お前にやる」
 返してもらっても一生穿かない。
「どうせくれんならもっと色っぽいパンツにしろよ」
「男モンの色っぽいパンツってどんなだよ」
 適当に見繕ったワイシャツを引っぱり出しながら、思いついて続ける。
「つかさぁ俺はフロ入るけど、帰る前にそこらへん片づけてけよ? お前のせいで散らかったんだから」
「久慈」
 呼ばれて振り返ると、西浦がゆっくり煙を吐きながら久慈を見据えたまま言った。
「ケツから俺の汁が垂れてるぞ」
「──」
 こんなにも人を殴りつけたい衝動に駆られたことが、かつてあっただろうか。自問して即答する。いや、ない。
 久慈は手にしたシャツを西浦の顔面に叩きつけ、無言でフロ場に直行した。
 
 
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