もはや茫然自失の久慈の唇を西浦の唇が塞いだ。7年間でたぶん1回ぐらいだったはずの罰ゲームの記録は、この数時間で塗り替えまくられていた。
 ──ていうか「誓え」だ?
 できるわけねぇだろ、そんなモン!?
 舌も唇も吸われて舐め回されて唾液を混ぜ合いながら、久慈は脳内で喚いた。ていうか一発抜く間? なんつーシンプルでストレートな要求だ。が、反発を覚えながらも、しかし。同じ男として片隅では納得してもいた。
 素材が何だろうが、味さえ我慢できるならオカズとして成立する。つまり勃起さえできれば抜くための材料にはなる。それが7年間も付き合ってきた同僚、それも同性である自分であっても、触って興奮したんなら使えなくはないんだろう。
 ないんだろうけど、でもだからって……
「ッ……」
 湿った音とともに角度が変わる。
 だからって、こんなに濃厚に唇を貪り合ったりしていいんだろうか? いくら男相手なら浮気にならないって本人が思い込んでても、嫁さんに言えなきゃ結局は同じコトなんじゃねぇのか? 会社のヤツらと麻雀するって嘘ついてキャバクラに行くようなモンだ。実際、それで深刻な夫婦喧嘩に発展した同僚がいる。
 そして嫁さんがどう思うか以前に、いつの間にか流されてる久慈自身が目下の問題だった。
 脚の間に陣取り続けてる膝でナニを嬲られ、ノドの奥に声が漏れる。連れて行かれた左手が西浦の股間に触れる。スウェット越しに完勃ちのソイツを感じて咄嗟に退いた手は、しかしすかさず引き戻された。ムリヤリ押しつけられた上から西浦の手のひらが被さってきて、強引に擦らされる。
 その瞬間、勃起した他人のムスコの感触はもとより、唇の間際で吐き出された溜め息に狼狽が訪れた。それがひどくアルコール臭かったせいじゃない。自分の手による刺激で西浦が感じたことに、久慈は慌てた。
「ちょ」
「なぁ久慈、触ってくれよ」
 西浦が言い、さっき溜め息を浴びた唇を今度は舌が擽る。軽く吸い上げ、触れては離れるその合間に、途切れ途切れの久慈の声が漏れ出る。
「ン……わってん、じゃんっ?」
「違う、ナマで」
「え?」
 ナマで? 考えるより早く、左手が西浦の股間から引き剥がされてウエストに突っ込まれた。スウェットの中じゃない。さらにその内側の、富士山柄パンツの中だ。
「待っ、おい……!」
 さっきから知ってはいたけど、西浦のムスコはたしかに100%覚醒していた。指が触れた途端、ソイツがピクリと震えて先端が濡れるのがわかった。他人の勃起したナニに触るのもその体液に触るのも、久慈の人生において初体験だった。
「ちょ、西浦、マジ」
 勘弁──言いかける久慈のTシャツの胸に唇が落ちる。布越しに乳首を噛まれて上体が跳ねる。
「お前、乳首勃ってる」
 面白そうに呟いた西浦が、同じく布越しにもう一方も噛んだ。
「あ、ッ!」
「手ェ動かせよ。ほら、握って」
「んなコト言ったって、おま……ぃてッ、そこ噛むなって!」
 胸もとに貼りつく頭を退けようとしても、左手はパンツに突っ込まされてるし右手は西浦に捕まったままだ。
「噛まれたくなかったら早くやれよ」
「てかお前っ、痛くしねぇって言っただろうが!」
 思わず喚いたら顔を上げた西浦と目が合った。
「そこを納得してるってことは、一発抜くまで誓うってことだよな? 久慈」
「だから誓うとかってのがわかんねぇし、ンなトコまで手伝うとか俺はひとことも言ってねぇし、抜きてぇなら勝手に抜きゃいいじゃねぇかよ?」
 トランクスの中で西浦の手が緩むのを感じて、久慈は素早く手首を引き抜いた。手のひらが濡れていたからとりあえず目の前のスウェットになすりつけておく。久慈のスウェットだけど、どうせ洗濯する。
「じゃあ、いま誓えよ」
 西浦が言い、追ってきた手が再三、左手に絡んだ。外国の映画で見かけるような形に久慈の手を持ち上げた友人は、手の甲ではなく薬指のリングに唇を押し当てると、バカバカしいほどクソ真面目に呟いた。
「汝、西浦淳史をいまだけ愛することを誓いますか」
 さっきも聞いた、でもさっきとは微妙に違う問いかけ。
「だから……」
 無理だって、と言いかけた久慈は、その目を見て口を噤んだ。天井や壁に視線を彷徨わせてクソ、と呟く。まぁ、どうしてもって言うんなら、だ。
 どうも情緒不安定に陥ってるらしい長年の友人の戯れに、一発抜く間だけ付き合ってやるぐらいのことは、たぶん久慈にだってできなくはない。
「わかったわかった」
 久慈は目を閉じて溜め息をつき、宥めるように吐き出した。──しょうがねぇ。
「誓ってやるっつーの、いまだけな」
 
 
 が。
 言うは易く、行うは思ったより全然難し、だった。
 まず一時的な口先だけであれ愛を誓った以上、Tシャツを捲り上げられた腹を這う唇がどんなに奇妙な感覚を与えようが、邪険に振り払うのは何だか憚られた。
 それでも思わず押し退けたくなるのを我慢するのはひと苦労だった。特に辟易したのが乳首を咥えられた時だ。
 すでに一度「勃ってる」と指摘されていたソレをじかに唇で挟み込まれた途端、自分でもビックリするぐらい身体が揺れていたたまれない気持ちになった。さらに舌先でじっくり嬲られながら吸われたり甘噛みされたりを繰り返す間、何度もヒクリと跳ねては恥ずかしさで熱くなった。
 そして久慈はいま、右から左に移った責め苦に耐えていた。
「ッ、んっ、西浦……ちょっと」
 直前までイジられてた右の乳首は、いまは指の腹でいたぶるように転がされてる。その小さな豆粒がはしたないほど勃起してるのは、わざわざ見なくてもわかった。
「も……いいだろソコっ? てかお前、抜きてぇならちゃんとやれよ自分の……終わんねぇだろうがっ」
 西浦の髪と手首をそれぞれ掴み、声が震えそうになるのを堪えながら久慈は喚いた。でも乳首への攻撃はやまない。左右を平等に扱わなきゃいけないとでも思ってるのか、結局左のソレもたっぷり嬲り尽くしたあげく、西浦はようやく顔を上げた。と思ったら両方の尖頭に指先で触れて、友人は目を細めた。
「久慈のここ、スゲェな」
「はぁ? 何が、つーかやめろって……ン!」
 左右同時に摘み上げられて全身がビクリと震えた。
「こんなに小せぇクセに、そんなに感じんだもんな」
「違うっ……離せって!」
 たまりかねて腕で払うと、その手を掴まれて床に押しつけられた。
「暴れんなよ、愛を誓った仲だろうが」
「一発抜く間だろっ」
「わかってんじゃねぇか」
「お前こそわかってんなら余計なことしてねぇでさっさと抜けよ!」
「もったいねぇこと言うなよ」
 もったいねぇって何がだ? 思った久慈は、降りてきた唇で再び乳首に吸いつかれて顎を反らした。後頭部が床に擦れる不快感も、胸の小さなパーツがもたらす快感に紛れて掻き消えた。
「気持ちいいんだろ? 久慈」
 唾液に塗れて色づく突起に西浦の息がかかる。囁きのあとにまた舌先でイジられて、やっぱり耐えかねた久慈は西浦の肩を渾身の力で押し遣り、何とか身体の下から這い出した。
「おい」
「や、別に逃げるワケじゃねぇけどっ、ちょっと待ってろっ」
 言って起き上がろうとしたら腕に力が入らず、そばにあったロウテーブルに縋るようにして立ち上がった。
 みっともねぇ……忸怩たる思いに駆られる久慈を、西浦が不満げなツラで見上げてくる。
「久慈」
「だから逃げねぇって、待ってろよ!」
 ホントは逃げたかった。でも男に二言は、ってヤツだ。かといって、こんな茶番に付き合うには酔いが足りない。久慈は考え、テーブルの上の缶ビールを一瞥して台所に移動した。
 申し訳程度の狭苦しいキッチンスペースでシンク下の戸棚を漁り、サラダ油の奥からビーフィーターのボトルを引きずり出した。
 開栓して口をつけ、グッと呷る。ストレートで流し込んだ40度のアルコールが食道を灼き、一気に胃が熱を孕んだ。
 強引に喰らった酔いのために一瞬視界が揺れ、ドン! とシンクにボトルを置いた直後、背後から抱き竦められてなぜか溜め息が漏れた。
「久慈」
 耳に貼りついた唇が名前を呼び、Tシャツを掻き上げた手のひらが乳首を掠めた。性急な仕種でジャージの腹に潜ったもう一方の手が、ほんの少し勢いを失くしかけていた久慈のムスコを掴む。途端に唇から零れたのは、信じられないほど甘い吐息だった。
「あ……」
「お前、熱いよ身体が」
 西浦が耳たぶを噛みながらゆるりと手のひらを動かした。弾かれたように身体が跳ね、ブレた手がジンのボトルを倒しそうになった。西浦が手を伸ばしてそれを遠ざける。
「こんなモン一気飲みしたのかよ、久慈」
 耳もとに低い笑い。ボトルの中身がどれぐらい減ってるのか久慈からは見えなかったが、とにかくフワフワして、西浦の言葉じゃないけど全身が熱い。耳から滑った唇が首筋を這って肩口に埋まり、ナニを掴んでた手がジャージを抜け出した。
 ウエストにかかった両手が布地を引き下ろすのを、久慈は他人ごとのように感じていた。ただ、下半身に触れた外気を冷たくて気持ちいいと思った。
「つか、ぐるぐるする……」
「飲み過ぎだろ」
「だって酔わなきゃ、やってらんねぇし……こんなの」
「こんなのとか言うな」
「お前は酔ってねぇのかよ、もう?」
「まだ酔ってるよ、お前ほどじゃねぇけど。つーか頼むから吐くなよ」
「吐かねぇよ、気持ち悪くねぇし、気持ちイイ……し、あ、ぁっ」
 あらわになったモノを再び握り込まれ、久慈はシンクの縁に縋って腰を震わせた。
「気持ちいいって、これがか?」
「違、んッ……空気が冷てぇから」
「お前の身体が熱すぎんだよ。そんなに暑ィなら上も脱げよ」
 その提案に頷くの頷かないの以前に、脳ミソがうまく働いてなかった。上も脱ぐという言葉の意味はわかっても、そうした挙げ句の結果がイメージできない。
 久慈が答えずにいると、西浦が勝手にTシャツを捲って腹に腕を回してきた。
「腕上げて」
 言われるままに上げた両腕からTシャツが引き抜かれる。足もとにわだかまるジャージと下着以外、すべての肌をさらした久慈はシンクの縁を掴み直して息を吐いた。
 下半身のみならず上体にも触れる、ひんやりした空気。西浦の前で全裸になってるという事実は認識できる。でもそれが何だっていうか、だからどうだっていうか、羞恥とかいうヤツが顔を出すレベルにまでなかなか意識が達しない。それよりも久慈は背中を這う西浦の手のひらに気を取られていた。
「お前、こういうカラダしてたんだっけ」
 左右から脇腹を支えた両手が、ラインを確かめるように滑って腰骨を撫でる。
「おかしいよな、社員旅行のフロん時は何でもねぇのに」
 いま、なんでこんな興奮すんだろうな──西浦は言って久慈の尻を手のひらに収め、肩甲骨に唇を押し当て、腹を抱いて肩を舐めながら掠れた唸りを吐き出した。
「身体中にキスしてぇ」
「ばかやろ、何言って……余計なことすんな、それより早く抜けって……」
「抜いたら終わっちまうじゃねぇか」
「は……? 抜きたくてやってんだろうが」
 社員旅行のフロでもないのに同僚の前で裸になれるほどアルコールで緩みまくっていても、久慈だって一応コトの本質は忘れちゃいなかった。
 嫁さんに逃げられかけてる長年の友人が、一発抜くのを手伝えと迫るモンだから。そういうトラブルがいまいちピンとこない自分には、かける言葉のひとつもなかったから。だからバカバカしいとは思いながらも、酔っぱらうためのアルコールまで喰らって一時の茶番に付き合ってるわけだ。
 なのにその、終わりを惜しむようなセリフは何なんだ?
 さっきまでの西浦よりも数倍据わった目を、久慈は前方の水切り棚に投げた。そこに伏せてあるマグカップは、そういえばナツミが置いてったモノだ。もう7ヶ月もそこに置きっぱなしだった。あの女は梅酒もマグカップも、くだらない恋愛小説の文庫本も歯磨きセットも、みんな残して行った。
「あっ……?」
 ボンヤリしていた久慈は、ふと尻の奥に妙な気配を覚えて我に返った。
 ケツの狭間を滑った何かが、ゆっくりと元来た道を戻る。知ってる気はするけど曇った脳ミソには浮かんでこない何ものかの感触。ソイツが往き来を繰り返すたび、途中で擦られる穴がヒクリと反応した。
「ん……何だよ、やめろよ」
「なぁ久慈」
 腹を抱き寄せた手のひらが下腹を辿り、苦しいほど勃起した久慈のムスコを撫で上げて先端を包み込む。すでに滴るほど濡れていたソコは指先でイジられてますます蜜を溢れさせた。
「男同士でやる時、どうすっか知ってっか? お前」
「はぁ? んなの」
 いまどき誰でも知ってる、ケツに入れんだろ──乱れる息の下から言い返そうとして何かが神経に引っかかった。心臓が不穏な感じに跳ね上がり、同時にケツの穴をまた例のヤツが掠めた。
 西浦が耳に唇を押しつけて囁いた。
「入れたい」
 いくら何でももうわかる。尻の間に挟まってるのは西浦のムスコだ。そう理解した途端、恥じらうように収縮したアナをグッと圧迫されて、何もかもが鈍りきっていた久慈もさすがに慌てた。
「!? 待っ……ちょ、無理ムリっ」
 が、逃げようとしても身体に力が入らない。おまけに掴まれたモノを扱かれてそっちの快感に気を取られてしまい、弾みで一瞬締まって緩んだソコを切っ先でこじ開けられて、不可解なほど激しい疼きが下腹を走った。
「ッ、だ……ダメだ、にしうら……!」
 擦り上げる手の動きに合わせて声が跳ね、同じリズムで喘ぐ穴に西浦がめり込んでくるのを感じる。
 ありえねぇだろ! と焦る一方で、それこそありえないぐらい燃え立つカラダ。ついでに、ありえないぐらいトロトロと溢れ続ける蜜。背後で西浦も自分のモノを扱いてるらしく、押しつけられたケツの穴がクチュクチュとぬかるむのを感じる。
「あ……はぁっ……」
 熱で熔けだしそうな肌をスウェットの生地が擦り、西浦が着衣のままであることを再認識して、いまさらながら羞恥が込み上げてきた。ジンのせいだ。何もかもアルコールが悪ィんだ──久慈は頭の中で唱え、でもすぐにそんなことはどうでもよくなった。責められ続けて根負けした穴が、ついに西浦の侵入を許してしまったせいだ。
「ッ!?」
 収縮と弛緩を繰り返していたソコに、後者のタイミングでまんまと押し入られた。そんな感じだった。
 
 
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