年末、仕事納めの日。
 会社から駅へと向かう道には、そこら中のリーマンたちが溢れていた──と言っても過言ではなかった。いや、リーマン以外の人類もいないわけではなかったけど。
 とにかく、老いも若きもくたびれたスーツ姿でありながら、どいつもコイツも妙に活き活きしたツラでひとつの目的に向かって突き進んでいた。
 目的。それは職場単位、あるいは個人的な集いとして設けられた、納会という名の飲み会だ。
 もちろんいつもの面々も例に漏れず、駅前の飲み屋のうちのどれかを適当に目指して突き進んでいた。
「なぁ?」
 途中、忽然と現れる商店街で『年末夜警詰所』と書かれたテントに遭遇した時、田中が言った。
「放火ってさぁ、どうやって注意すりゃいいと思うよ?」
 ほかのヤツらが田中の視線を追うと、テントの表に『放火に注意』という札が貼りついていた。
「注意ったってさぁ、放火する方だって人に見られないように注意すんだろ?」
「防犯カメラでもつけろってことなんじゃねぇの?」
 佐藤が応じた。
「この景気悪ィのに、ンなカネかけろって強制してんのかよ?」
「まぁそうだよなぁ。防犯カメラつけてまで放火に注意しろとか強要されても困るよなぁ、この不況の最中に」
「つまりアレじゃねぇか、商店街が業者と癒着してんだよ」
「商店街が防犯を促進してセキュリティを導入する家庭が増えたら企業からカネをもらうってのか?」
「そうそう、そーだよ。ぜってぇ、そうだって!」
「商店街の促進で導入したって、どうやって判断すんだよ。言ってみろ山田」
「申告してもらえばいいんじゃね?」
「商店街に促されたって意識が、導入する側に芽生えるかどうかだよな。あの貼り紙ごときで?」
 今度は電柱に括りつけられた『侵入犯罪防止促進地区』という立て看板に出くわした。それを指差して山田が言った。
「ホラやっぱ、侵入犯罪防止を促進してんじゃん?」
「ホラじゃねぇだろ、さっきのは放火でこれは侵入だろうが」
「どっちにしろセキュリティ導入に繋がるわけじゃねぇか!」
「つーかこれは商店街じゃねぇし、コイツを促進してんのは警察だし」
 立て看板の隅っこにそう書いてある。
「ケーサツも業者と癒着してんだよ」
「デケェ声で言うんじゃねぇよ山田、オマワリが飛んでくるぞ」
「オマワリなんかお前、脱いだら大抵は見逃してくれんだよ」
「──」
「──」
「経験ですか? 山田さん」
 
 
【END】

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