とある土曜の夜。山田がアパートの玄関を開けると、途端にかぐわしい香りが鼻腔をくすぐった。
 ラーメンだ。年に二回ぐらい出前を取る店の醤油トンコツの匂いだった。
 見ると、食卓から山田の部屋のテレビを観ながらソイツを啜ってる佐藤がいた。
「朝メシ? 昼メシ?」
 山田の問いに、
「昼メシ」
 と答えが返った。深夜に帰ってきた佐藤は、朝、山田が出かける時にはまだ寝ていた。
「お前、何時だったのアレ? 帰ったの」
「なんだ起きたのかよ? あん時」
「まぁちょっと。すぐ寝たけど」
「二時半ぐらいじゃねぇ? 会社出たのが二時すぎだったからなぁ。クルマいねぇから速かったし、タクシー」
 言って佐藤は灰皿に置いてあった煙草を吸い、またラーメンを啜った。
 過労死すんなよと山田は笑い、ポケットに手を突っ込んで舌打ちした。
「あーそうだ、煙草くれ佐藤。買ってくんの忘れてた」
「あぁ、こっちにあんのはさっき終わったから、鞄に入ってるヤツ勝手に出して開けろよ」
 山田は佐藤の部屋に入り、ベッドの脇に転がってたビジネスバッグを開けて手を突っ込んだ。指先に箱が触れた。
 摘んで引っぱり出したパッケージは煙草じゃなくコンドームだった。
「──」
 封は開いてる。
 もう一度鞄に手を突っ込み、次に指先に触れた箱を引っぱり出すと、今度こそ煙草だった。
 山田はコンドームを戻して煙草の封を切り、佐藤の部屋を出ながら一本咥えて火を点け、箱をテーブルに置いた。
「なぁ佐藤」
「あ?」
 丼の汁を啜っていた佐藤が目を寄越す。
「や、何でもねぇ」
 言って、山田は立ったままパカッと煙を吐き出した。ラーメンを完食した佐藤が丼を置く。山田はしばらく黙って煙草を吸い、灰皿で消して伸びをした。
「さて風呂入っかなぁ」
 呟いて自室に入り、着替えを持って風呂に向かい、脱いで入って洗って出ると、
「カラスの行水ってヤツだな」
 佐藤が相変わらずのポジションで煙草を吸いながら、相変わらず山田の部屋のテレビを観ていた。
「うるせぇな、勝手だろ」
「そういや、お前はメシ食ったのかよ?」
 佐藤は目をテレビに向けたまま言った。
 山田は被ったタオルで頭を掻き回しながら、佐藤を見ずに答えた。
「あー、まぁ一応」
「どんな高級なメシ食ってきたんだ? 小島と」
 山田は佐藤を見た。
 佐藤は灰皿に灰を落として山田を見返した。
「ケータイに電話があったぞ、さっき」
「あァ?」
「小島から」
「はぁ?」
 山田は訊き返してテーブルの上を見た。置きっぱなしの丼のそばに山田の携帯が転がっていた。
「え、出たのかよ?」
「しつこく鳴ってっから見たら小島だったから出てやったんだよ」
「あっそう、まぁいっけど。そんで何だって?」
「無事着いたか確認したかったんだとよ。送ってくっつーのに、お前が断るからって?」
「あっそう」
「優しい後輩持って幸せだなぁ山田」
「いや別に」
 言いかけてふと黙った山田が、テーブルの上のパッケージに目を落として手を伸ばした。箱を取り上げながら「まぁなぁ」と声を上げ、一本抜いて咥える。
「小島もさぁ、なんか最近、前みてぇにムカつかねーし? 女みてぇな扱いすんのは気に入らねぇけど、まぁ優しくされんのも悪かねぇかもなぁ」
「優しくするぐれェのことは誰にだってできんだろうが」
「や、俺はできねぇよ? 女と別れる時、最後に言われるセリフは大抵、山田くんって勝手だよねー、みてぇな?」
「お前から女の話聞くの、すげぇ久しぶりな気がすんだけど。てかンなこと言われてたのかよ山田」
「うるせぇな、男ってのは誰しも勝手な生きモンなんだよ」
「そんなこと言ってっから勝手だとか言われてフラれんだろうが」
「フラれるとは言ってねぇだろ、別れる時っつったんだよ。てかまぁ俺はできねぇけどお前はできんだろーな、女に優しくするとか? 俺にはお構いなしにナマで突っ込むけど、女にはちゃんとゴムありで入れてやってんだろ、優しい佐藤くんは」
「は? いきなり何の話だよ?」
「別にィ」
「お前、言っとくけどマジで残業だからな、ゆうべは」
「や、別にンなこと訊いてねぇし、てか誰も疑ってねぇし、てかンなのどっちだってカンケーねぇし俺に」
「てか何、して欲しいのか? 小島じゃ物足りねぇのかよ、お前のエロい身体は?」
「あのな、誰がエロいカラダ……」
「抱かれてぇんならいくらでも抱いてやるよ。お前はどうだか知らねぇけど俺はご無沙汰で溜まってんだからな」
「あのな、俺だってご無沙汰だから。別に、だ、抱かれてぇとか死んでも思わねぇけどー、とにかくエロいとか失礼極まりねぇし、小島とはメシ食ってブラブラしただけで寝たりとかしてねぇし、だから物足りねぇもクソもねぇし俺は別に」
 山田の声が途切れると同時に、佐藤が立ち上がった。
 
 
「あ、ぁっ」
 枕の端を掴んだ山田が、震える腰を跳ね上げてギュッと眉を顰めた。
「んン……! 待っ、やッ」
 深い場所を同居人に抉られて、腰だけじゃなく語尾も震わせる。
 佐藤の舌が山田の喉仏を撫でた。
「どうだ? 山田。優しくゴムありにしてもらった感想は?」
 囁いて耳朶を咥えると、山田の中のヒクつき加減が一瞬乱れた。
 そんな抜群のレスポンスも、佐藤に絡みついて締め上げる粘膜の感触も相変わらずの絶品で、でもこんな身体は不本意なんだとばかりに寄越す反抗的な目も、相変わらずのいつもどおりだった。
 ──が、しかし。
 何となく、いつもより感じ方が足りない気がするのは錯覚だろうか?
 佐藤はふと思い、股間で濡れてるモノを扱きながら出し入れを繰り返してやった。途端に山田が息を乱して悶え狂う。が。
 やっぱりどこか、いつもの感じ方とは微妙に違う気がしなくもない。いや、する。何だか妙にもどかしげなツラに見えるのは、たぶん気のせいじゃない。
「なぁ山田」
「は、んっ……何、だよっ?」
「お前、あるのとねぇの、どっちがいいよ?」
「はぁ? 何が」
「だから余計な皮一枚あんのと、ねぇのと」
「あァ? んなの、どっちも別に」
「どっちもイイのはわかってんだよ。どっちがより気持ちいいのかって訊いてんだろうが」
「だからぁ、どっちも」
「俺は、ねぇ方が断然イイんだけど」
 首筋に唇を押しつけて佐藤が言うと、山田の身体がひとつ震えた。
「なぁ。外してもいいか、これ」
「い……ヤダ」
「何でも反抗すりゃいいってモンじゃねぇんだよ山田。さっきから物足りねぇってツラで喘いでるくせに」
「ダレが……あ、ッ!」
 前触れもなくケツの居候を引き抜かれて、ビクリと跳ねる山田。
 片手で押し上げた膝の裏に歯を立て、片手で己の股間の皮膜を取っ払って佐藤は思う。こんなモン被ってたら、大事なひとり息子が窒息しちまうだろ?
 というわけで再び押し入った瞬間。
「あ──」
 山田の目がトロリと潤むのを、たしかに佐藤は見た。
 皮一枚分の変化。でもさっきまでとは明らかに違う、いまにも蕩けだしそうなエロいツラ。ついでに、蕩けだしそうなエロい粘膜。咥え込んだ佐藤にねっとり絡んで吸いついてくる。
「やっぱ、すげぇイイ──山田」
「ン……さと」
 甘く掠れた声を震わせた山田は、それでも目を眇めて佐藤を睨み、喘ぎ混じりに吐き出した。
「バカやろ、おま、デキちゃうだろーがっ?」
 が、抗議の声音が満足げに聞こえるのは、たぶん──少なくとも佐藤的には、気のせいじゃない。
 半開きのまま啼き声を漏らす唇が誘ってるように見えるのもたぶん、気のせいじゃない。少なくとも佐藤的には。
 熱くぬめる山田の粘膜を生で堪能しながら、いいじゃねぇか、と唇のそばで囁いた佐藤は、
「デキたら産めよ」
 そう続けて笑い、濡れた吐息を塞いで絡めとった。
 
 
【END】

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