昼メシを食って一時間。
 あいにく外に出る用事もなく、自席で死ぬほど眠くなっていた山田のところへ田中がやってきた。
「コーヒーかなんか飲み行かねぇ?」
 山田が半眼で見上げた田中のツラも、同じぐらい眠そうだった。
「どこに?」
「どっか、外? 喫煙所とか行っても目ェ覚めねぇし」
「てか、お前も出かける用事ねぇのかよ」
「なんかヒマなんだよなぁ、ここんとこ」
「潰れんじゃねぇのか、この会社」
 まったく声を潜めるでもなく山田が言った途端、島の向こうの課長席から痛い視線が飛んできた。
「オッサンが見てんぜ、山田」
 山田が舌打ちする。
「俺の魅力に参ってやがる」
「んじゃ行くか」
 田中がスルーで促し、二人は二課部屋を出た。
「そういや鈴木は?」
「アイツなら出かけてる」
「小島もいねぇじゃん」
「アイツも出かけてる」
「お前、後輩たちは外行って仕事してんのに大丈夫なのかよ?」
「大丈夫って何が?」
「干されてんじゃねぇのか、山田お前」
「だからさぁ、あー、そうそう、課長がさぁ、俺を外に出したくねぇんだよ。見えるとこに置いときたいわけ、えーっと俺の魅力に参ってやがるから」
「わかったわかった、そういうことにしときゃいいんだろ」
「だから田中お前、いま俺を連れ出したとこ見られたからイジメられんぜ? ウチの課長に」
「わかったわかった、パワハラ喰らう覚悟しときゃいいんだろ」
 並んで眠たい目でエレベータの階数表示を見上げながら言い合っていると、到着した箱から小島が降りてきた。
「おっと、ウワサをすればナントカ」
「影です。俺の噂をしてたんですか?」
「相変わらずの勘違いな自惚れ野郎だな、お前の名前なんかちょこっとしか登場してねぇ」
 山田がヘッと笑った時、通りかかった女子が「あー、小島さぁん」と声を上げた。入社二年目、総務のナナだ。そこそこ可愛い。
「こないだトモとごはん食べに行ったらしいじゃないですかぁ、ずるーい、アタシも連れてってくださいよぉ」
「あぁ、御園生さんと秦泉寺さんって仲いいし誘おうかとも思ったんだけど、やっぱり御園生さんとは二人で行きたいなって思って。ゴメンね?」
 先輩二人は後輩の男前ヅラを眺めてから眠たい目を見交わした。ここにいるナナが御園生、トモってほうが秦泉寺だ。
 眠たい先輩二人を尻目に、男前の後輩はそこそこ可愛い女子と『近々食事の約束をする』という約束を交わしていた。
「相変わらず女の扱いだけはウマイな」
 ナナが立ち去ると山田が欠伸混じりに言った。
 腹立たしいことに、エレベータはナナよりも速やかに去っていた。
「失礼な、女の扱いだけじゃありませんよ。お揃いでどこに行くんですか?」
「いいトコ」
「あぁ、サボリですね」
「リフレッシュと言えよ」
「せっかく山田さん用のオヤツを買ってきたのに」
「はぁ? 何、オレ用のオヤツって」
 見上げた山田の鼻先に、小島が鞄から出した白っぽいパッケージを突きつけた。
 怪訝なツラでソイツを掴んだ山田の目が、みるみる驚愕に見開かれていく。
「──あたり前田のクラッカー!!」
 エレベータホールに響き渡った叫びは、営業二課長の耳にも届いたかもしれない。
「マジかよ?」
 田中も覗き込んだ。
 ロゴマークにわざわざ組み込まれた『あたり前田の』の文字。そして『前田の』『ランチ』『クラッカー』という、どう繋げればいいのかがイマイチ不明な文字列。
「実物はじめて見たぜ!!」
 山田は興奮していた。
「俺もはじめて見た」
 これは田中。
「よく見つけたなぁ、こんなモン」
「業務用スーパーに売ってました」
 天井の蛍光灯に翳すようにパッケージを掲げ持った山田が、悩ましげに身悶えた。
「くそう! 三時のおやつは、いつも前田のクラッカーじゃないといけねぇんだ……!!」
 だってパッケージにそう書いてある。
「オヤツがほしければ俺と一緒に戻って仕事しましょうね、山田さん。企画書の提出期限、明日なんですから」
「汚ェぞ小島! 汚ェ……!!」
 田中は思った。
 たしかに女の扱いだけじゃねぇな、ウマイのは。
 
 
【END】

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