ある土曜の朝。
 身支度を整えた佐藤が部屋を出ると、山田が台所のテーブルでコーヒーを前に煙草を吸っていた。覚めきってないツラで頬杖を突いて、自分の部屋のテレビを眺めている。
「仕事か?」
 目だけをこちらに向け、コーヒーをひと口啜る。前髪から頭頂部にかけて見事な寝グセがついていた。
「あぁ」
 佐藤は短く答えた。
 どうしても打ち合わせを今日にしたいという得意先のために休日出勤だ。
 テーブルの灰皿を見ると一服していく気になり、時計を確かめてから煙草を取り出した。
「コーヒー残ってるけど」
 山田が言った。
「うん」
 突っ立ったままの佐藤に、山田の顔がようやくこちらを向いた。
「いるのか、いらねぇのか」
「自分で注いでまではいらねぇ」
「あ、そう」
 また部屋の方に向き直ったところを見ると、つまり注いでくれる気はないらしい。
 テレビを観ながら自分のコーヒーを啜る山田を、佐藤は見るともなく眺めた。
「何見てんだよ?」
「別に」
 煙草を消して玄関に向かう。
 靴を履いたところで携帯電話を忘れているのに気付いた。靴を脱いで、また履き直すのは面倒だった。
「山田、俺んとこからケータイ持ってきてくんねぇ?」
「えー……どこだよ?」
 山田はガタガタと音を立てて椅子から立ち上がり、かったるそうに佐藤の部屋に入って行った。
「多分、壁にかけてる上着のポケット」
「んー、あ。あー、コレ?」
 佐藤の携帯電話を手に出てきた山田が、タラタラ歩み寄って来た。
「ハイ」
「どうも」
 受け取った手が触れる。コーヒーカップのせいなのか、山田の手はあったかい。
 一瞬目が合い、佐藤はその手を掴んで引き寄せた。
「わっ」
 裸足で三和土に下りた山田が佐藤にぶつかる。そのまま背中を抱いて耳元に唇を押し付けると、腕の中の身体がビクリと反応した。
「佐藤……ちょっとっ」
 避けようと反らした首筋を辿り、佐藤は微妙な位置に痕を残した。
「──おい!」
 どん、と腕を突っ張って山田が離れる。首に手を当て、
「つけたんじゃねぇだろーな!?」
「別にいいじゃねぇか。今日明日休みだろ、問題ねぇよ」
 鏡のある脱衣所に駆け込んでいく後ろ姿を見送り、あぁっ! という山田の叫びを聞きながら佐藤は玄関を出た。
 休日出勤の憂鬱さが、随分と晴れた気がした。
 
 
【END】

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