次の駅で更に乗客が増え、また車内の密度が高まった。
背後にはどっかのオッサンの弾力のある背中。尻に密着するぷりっケツの感触が何とも言えず気持ち悪い。
目の前には佐藤の身体。向き合って立つ襟元に口元を押し付けるような形となって、山田は息苦しくて顔を背けた。
電車に駆け込むときに掴まれた手は今もそのままだった。
むしろ、乗ってから指を絡めるように握り直されたソイツは、離れるどころか一体化してると言ってもいい。
満員電車の人いきれ、上昇する体温、汗ばむ手のひら。
ただでさえ呑んだくれた直後なんだから身体が熱いのは当たり前だ。
電車が揺れて、緩やかに人波の圧力が押し寄せた。後ろのぷりっケツが離れ、支えがなくなってよろけそうになった山田の腰を、繋がってないほうの手のひらがさりげなく抱き寄せる。
「ッ……」
不意に店でのワンシーンが頭を過ぎった。
佐藤が山田の名前を呼んだ、あの声。
一太郎、火──
わざとそうしてるに違いない上から目線で何気なく、しかし有無を言わせず山田を掴んで引き寄せるような、あの感じ。低く聴覚を刺激した声の色に微かに混ざる、甘い響き。
思い出した途端に体温が跳ね上がった。
そっと深呼吸すると、車内の混沌とした臭気の中に佐藤の肌の匂いを感じて眩暈がした。
思わず上げた目が、佐藤の目とぶつかった。
そこにあったのは正に、さっき山田を呼んだあの眼差しだ。
まるで今、目の前の男に呼ばれたかのような錯覚を覚えて身体がひとつ震えた。手のひらが一層汗ばんでしまう。
咄嗟に離そうとした手はしかし、強く握り込まれて解放を許されなかった。その力の強引さに、不覚にも鼓動が速まった。
電車に乗り込むとき、みんなとはぐれたのは幸いだった。こんな姿、ヤツらのうちの誰かに見られたらマズイ。
酔っ払いだらけの掃き溜めみたいな電車内で、手を繋いで腰を抱かれて頬を熱くしてるトコなんか──
次の駅に着いた。
降りる客が出ていって一時的に密度が緩み、少し楽になった立ち位置を調整しようと身体の向きを変えたそのとき。
数人挟んだ向こうの、見覚えのあるツラと目が合った。
乗客の隙間を縫って向けられた視線は、一旦角度を変えて繋がった手を舐め、もう一度山田の目に戻ってきた。
熱かった指先が一瞬で冷え、しかしすぐに再び、かぁっと熱くなるのを感じた。
み──
見られたっ──
【END】