「お仕置き?」
「お化け屋敷で何があったのか知りてぇ」
「──まさかとは思うけど、お前ら佐藤と山田みてぇなことになってねぇよな?」
「やめてください田中さん」
「え? 佐藤さんと山田さんみたいなことって何ですか?」
「てか、いつケッコンすんの? 弟」
 田中と鈴木と本田のやりとりは聞こえないフリで山田が言うと、佐藤弟がハッとしたツラで真顔になった。
「イチさん!」
「は?」
「まだだからね! すぐじゃないからね! シオちゃんのトーチャンに会ったとき、ちゃんと将来のコト考えてます! って言っといたし、別にそれビビって弾みで言ったとかじゃねぇし、てかシオちゃんと一緒にならない理由のほうが見当たんないけど、でも今すぐじゃないからねイチさんっ」
「はぁ?」
「え、ちょっと待った、彼女の父ちゃんって要するに山田の親父さんだろ? 会ったの、サトケン」
「お前までサトケンって何だよ田中」
「だって言いやすくねぇ? サトケン」
「会ったよ? イチさんのトーチャン」
「山田は知ってたのか?」
「まぁな、次郎とソイツ実家に連れてくって紫櫻から聞いてたし」
 エイヒレを口に放る山田に、佐藤がチラリと目をくれた。
「そういえば山田さんのお父さんって、なんかエラいヒトなんですよね?」
 味噌キュウリをつまみながらのんきに言ったのは本田だ。
「あれ。本田、知ってたっけ? ンな情報」
「前に鈴木さんがぐでんぐでんに酔っ払ったとき……」
「言ってないよ、俺」
「えーっ、言いましたよう! だから僕が知ってるんじゃないですかぁ」
「鈴木お前、どんだけ本田にココロを許してんだよ?」
「微塵も許してませんが」
「全然そうは見えねぇな」
「てか本田、あのオッサンは別にエラくねぇし。あと弟、結婚しねぇ理由が見当たんねぇならすりゃいいじゃねーか」
「そんなぁイチさん、ちょっとは未練がましくしてよね!」
「何の未練だよ? 妹を野郎に盗られる兄貴の未練でも演じりゃいいの?」
「そっちじゃないってば!」
「まぁとにかく、めでたい話じゃねぇか」
 田中が言ってジョッキを掲げた。
「このなかで唯一、既婚者仲間になりそうなサトケンに乾杯」
「お? おー」
 ジョッキをぶつけ合う田中と佐藤弟。
「お前、結婚したら一気に俺よりデカイ子持ちかぁ」
「そーなの。なんか得しちゃった気分?」
 にわかに所帯臭が漂いはじめた2人を尻目に、既婚者仲間になりそうもないヤツらは別のネタに走りだしていた。
「そういや本田はさぁ、カノジョの話とか全然聞かねぇけどいねぇの?」
 佐藤が水を向けると、乙女ゲー王子は困ったような表情で躊躇いがちに応じた。
「じつは……あんまり得意じゃないんです、女の子と喋るの」
「はぁ?」
「そのツラで?」
 佐藤と山田のツッコミに、王子はますます縮こまる。そんな悩ましげなツラはまるきり、プレイヤー女子のワガママに困惑する仮想彼氏そのものだった。
「お前……訊いていいか」
 佐藤が神妙な面構えで声を潜めた。
「まさか童貞かよ? 」
「あ、えっとぉ……」
「そーっすよ」
 口ごもった王子の代わりにさっさと答えた鈴木を、佐藤と山田が見た。が、何故お前が答えんだ? という疑問は割愛して本田に目を戻す。
「マジ?」
 山田の反応におずおずと頷いた王子に、佐藤がツッコむ。
「なんで童貞なんだよそのツラで?」
「なんでっていうか……別にしなくてもいいし……それになんか女の子って、ガツガツしてて怖いんですよねぇ」
「マジかお前、草食にもほどがあんだろ」
「てかオンナは怖くて鈴木は怖くねぇのかよ?」
「余計なお世話っすよ山田さん」
「え? 鈴木さんは怖くないですよ?」
「こんなに腹黒いのにか」
「余計なお世話っすよ佐藤さん」
「てか本田、あのな。怖ェのは世のネーチャンたちよりもオッサンだぜ? やっぱ」
 山田が真剣な面構えで声を潜めた。
「こないだ朝、電車に乗ってたらよー。前にオッサンが立ってたワケ。俺と向かい合わせで」
「はい」
 本田は真顔で応じているが、佐藤と鈴木は話の行き先を見透かしたようなツラでビールを飲みながら煙草を吸いはじめた。
「しばらくして何かの弾みでふと下を見たら、ヤツのチャックがあいてんの」
「はい……え?」
「最初見たときは気づかなかったから、たぶん閉まってたと思うんだけどなー? って思いながら、まぁいっか、暑ィからしょーがねぇのかもなってスルーしてたんだけど」
「暑いからってそんなとこ開けませんよ普通は」
 ツッコんだのは鈴木だ。佐藤は黙って聞いている。
「でもどんどん客増えるし、そんでギュウギュウ押してくるし、そのオッサンが。そしたらさぁ、なんか知んねぇけど勃ってやがって、しかも俺とあんま身長変わんねぇから当たんの、ちょーど」
「で、で……どうしたんですか?」
 訊き返す本田の顔が強張ってきた。
「どうもこうもねぇよ、四方八方ヒトの壁で逃げらんねぇし。でも顔のすぐそばでオッサンがハァハァ言ってるしよー」
「えぇ? ハァハァ言ってたんですか?」
 本田が青くなる。
「勃ってて擦れてるし、まぁしょうがなくねぇ? 野郎的には」
 鈴木が煙を吐きながら訊いた。
「何と擦れてたんですか?」
「は? だから、俺のこのへんと?」
 山田がブーイングのジェスチャのように、立てた親指を下に向ける。
「それもよう、チャック開いてっから留まるところを知らずにハミ出て来やがるし、あ、パンツごとな? さすがにナマじゃねぇよ? でもソイツがこっちの股間にゴリゴリ割り込んでくるし、たまったモンじゃねぇっての。な? オッサンのほうが怖ェだろ? それに比べたらお前、どんなに肉食だろーがオンナはやっぱりオンナだぜ? 少なくとも、ンな棒切れ振りかざして迫ってきたりはしねぇもん。悪いことは言わねぇから、鈴木じゃなくちゃんとジョシと遊べるようになれ。なぁ本田」
 蒼白になった草食王子を山田が知ったふうなツラで諭す傍ら、鈴木が無言の佐藤を眺めて頷いた。
「たしかに、オッサンのほうが怖いっすね」
 
 
【END】

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