今夜は久々にいつもの面々が揃い、いつものごとくテキトーな店に集った。
 平日の夜の庶民向け居酒屋はリーマンで溢れ返っていて、クールビズのこのシーズンは店内どこまでも続く白シャツ、白シャツ、また白シャツの波だった。
 もちろん、ヤツらのテーブルも然り。
 顔ぶれのなかには、まだニューフェイス感の拭えない本田も混じっていて、最近の鈴木との仲良し度を知ってる山田佐藤田中的には違和感なかったが、佐藤弟は目を丸くした。
「えー、マジで仲良しになっちゃったの?」
「仲良しじゃないから。失礼なこと言わないでね弟くん」
「本田と仲良しなのがナンで失礼なんだよ鈴木?」
「そうですよう、部屋の鍵までくれてる仲なのに」
 長めだった毛先を切り、少しだけ男っぽさという要素がプラスされたような気がしなくもない乙女ゲーの王子様が不満げに眉を顰める。そのさまは、ゲームのなかからプレイヤー女子に拗ねてみせる仮想彼氏さながらだった。
「まだ鍵返してもらってねぇのか鈴木」
 佐藤が咥え煙草の唇を楽しげに歪めた。
「佐藤さんたちが思ってるより遥かに手強いんスよソイツ」
「本田はさぁ、なんで返さねぇの? 鍵」
「だって鈴木さんってなんか、ほっとけないじゃないですかぁ」
「──」
 鈴木と本田以外の4人は目を交わした。
「俺はさぁ、鈴木ってのはさぁ、こんなに自己完結してるヤツもそうそういねぇって長年思ってきたけど化けの皮を剥がすヤツがついに現れたってことなのかよ? この期に及んで?」
 山田のヒソヒソ声に鈴木の声が覆い被さった。
「毎晩佐藤さんの手で皮を剥かれてる山田さんに言われたくないんスけど」
「はぁ? 剥かれてねぇし」
「やめて鈴リン、そういうの聞きたくない」
「え、弟、山田妹と付き合ってんのにまだそのスタンス?」
「それとこれとは別腹だから田中っち、俺のイチさん愛はシオちゃん公認なの!」
「剥かれてねぇっての聞いてる? お前ら」
「佐藤さんに何を剥かれてるんですか? 山田さん」
「王子様は知らなくていいんだよ本田」
「てかお前は鈴木でも剥いてやれ本田」
「ちょっと佐藤さん、剥けてますから俺」
「山田も剥けてるぜ? ちゃんと」
 言って煙を吐く佐藤を他の全員が見た。
 鈴木が頷いた。
「わかりました。山田さんはちゃんと剥けてるから佐藤さんの手間が省けてると」
「俺の皮のハナシなんかどーだっていいんだよ!」
 山田が喚いたところへジョッキが6つやってきた。
 注文を取りに来たのは巨乳気味のネーチャンで山田が大喜びだったというのに、運んできたのは残念ながら本業リーマンのダブルワークみたいな風情のオニーチャンで、6人全員をチラリと見回した末に何故か一番奥の山田に笑顔を向け、お待たせしましたぁ生6つでーす! と威勢のいい声を上げた。
「知り合いか?」
 去っていくニーチャンの背中を見送って佐藤が山田に訊いた。
「いや違うと思けど」
 山田が答え、
「心配のタネは尽きませんね佐藤さん」
 鈴木が言うと、佐藤兄が無言で煙を吐き、俺以外の野郎には気をつけてよイチさん! と佐藤弟が真顔になり、それを聞いた田中が笑って、エイヒレのマヨネーズに七味をぶっかけすぎた本田が、あぁっと声を上げた。
「本田お前マヨと七味を1対1にするとか、どんだけ辛いモン好きだよ?」
「違いますよう、予想外にドバッと出ちゃったんですよう!」
「憶えとけ、人生ってヤツはいつでも予想外なモンだぜ?」
「あ、そーいやさぁ予想外といえばさぁ」
 ジョッキに口をつけながら佐藤弟がふと言った。
「俺、結婚するかも?」
 その途端、場が一斉に沈黙した。
 それから数秒は、どいつもコイツも似通った表情で動きを止めていた。ただひとり、ニコニコしている乙女ゲーの王子様を除いては。
 果たして、
「誰と?」
 最初に口を開いたのは山田だった。
 その山田を他の全員が見た。
「いや、そりゃお前……」
「別の女だったらヤバイっすよね?」
「サトケンさん、結婚するんですかぁ」
 言った本田を他の全員が見た。
「サトケン?」
「いつの間にそんな親しげなんだ?」
「てか、なんでその名を知ってんだよ?」
「だって鈴木さんが次郎くんを預かってるときに、言ってましたよ? 次郎くんが」
「ちょっと待った、鈴木が次郎を預かってるときになんでお前が一緒にいんの? 本田」
「いえたまたま、こないだの週末に鈴木さんちで飲んで泊まった翌日に、サトケンさんと山田さんの妹さんが次郎くん連れてきて」
「え? ちょ、修ちゃん?」
 佐藤弟の戸惑いに、佐藤兄のツッコミが被る。
「託児所でもひらいたのか? 鈴木」
 続いて田中が憂慮した。
「てかデートのたびに次郎を鈴木に預けてる調子で、結婚なんかして大丈夫なのかよ?」
「えー待ってよ! いや仲良くしてるよ? 俺も! あんときはさぁ、次郎が鈴リンに会いてぇっつーから連れてって……てか鈴リン、あんとき修ちゃんいたの? ひとことも言わなかったよね? ンなの」
「別にいちいち言う必要ないよね」
「えーっ? 言わない理由のほうがわかんねぇよーっ?」
「てか本田が一緒にいたなら、次郎が家で報告しそうなモンだけどなぁ?」
「俺が口止めしといたんで」
「意味がわかんねぇ、そのくせ本田には口止めし忘れて結局こうして漏れてるし」
「ホント困ったヤツっすよ、ソイツ」
「えぇ? 鈴木さぁん、あのとき3人でとしまえんとトイザらス行って、すっごい楽しかったですよね? 特にあの、子供向けのお化け屋敷で鈴木さんが」
「本田くん、それ以上余計なこと言ったらお仕置きだからね」
 鈴木が本田に笑顔を向け、当事者2人以外のヤツらがザワついた。
 
 
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