信じられないことに鈴木が病欠し、山田と本田と佐藤の3人で仕事帰りに顔を出すことにした。
「あの鈴木がなぁ。アイツだけは体調不良なんか有り得ねぇって思ってたのになぁ」
「そういや知り合ってから今まで病気したことってあったか? アイツ」
「憶えてる限りじゃ、ねぇよ? だってアイツ人間じゃねーもんな」
「山田さんも佐藤さんも、心配じゃないんですかぁ?」
「心配してやんのは本田、お前ひとりで十分だぜ? てかむしろ、お前だけに心配してほしいと思うぜ? 鈴木は」
 山田の言葉に乙女ゲー王子の不満げな顔が一瞬で光り輝いた。
「そうですよね! わかりました、山田さんも佐藤さんも鈴木さんの心配はしないでください!」
「うん、そこはお前に一任するよ」
「ていうかお見舞いも一任してくれても良かったんですけど」
「いや、そこは面白そうだから見物させてもらうぜ? だって病気の鈴木なんつーエンタメ、そうそうお目にかかれないんだからな」
 まっすぐ帰んなきゃならない田中も、一緒に行けないことをそれはもう残念がってた。で、動画でも静止画でもいいから撮ってくるよう依頼された。
「田中のために幻の現場を記録してくるっつー使命も担ってんだよ俺は」
 途中、病人に食わせるようなモノを買い込んでから鈴木の住むマンションに着くと、本田は勝手知ったる風情でオートロックを開けた。
「もはや慎みっつーモンもねぇな」
「なんの話ですか?」
「いや、お前まだ鍵持ってんだな本田」
「えぇまぁ」
「もう返す気ねぇだろ」
「あるわけないですよう」
 山田と佐藤は後輩の王子様然としたツラと口調が紡ぎ出した図々しい意思表示を脳内で反芻し、聞き流すことにした。
 それから勝手に廊下を進み、鈴木んちの玄関前に到着したとき佐藤がふと言った。
「そういや誰か、来ること知らせたか? 鈴木に」
 3人は無言で数秒、顔を見合わせた。
「え、本田お前言ってねぇの?」
「僕はてっきり、山田さんが連絡してあるかと……」
「まぁ、もう来ちまったし」
「まぁな」
「じゃあ開けちゃいますよ?」
 というワケで無連絡なことが判明してもなお、彼らはドアホンも鳴らさず勝手に開けることにした。
「どうするよ? オンナとかいたら」
 佐藤の言葉に、本田が手にした鍵が鍵穴を滑った。
「なんてこと言うんですか!」
「悪ィ悪ィ」
 佐藤は咄嗟に謝ったが、コイツらの仲がどうなってるのか教えてもらってもいないのに何故謝らなきゃいけないのかはよくわからなかった。
 果たして、玄関に入ると中は暗かった。
 佐藤の言うように女がいてヤッてるとかでもない限り、鈴木は寝てる可能性が高い。そして1DKの室内は静まり返ってるから、まず後者で間違いないようだ。
 部屋に上がり込んでも勝手知ったる風情の王子に、過去一度くらいしか来たことがない佐藤はもとより何度も来たことがある山田もroot権限をおっ被せた。何かあったら本田の責任にしちまえばいい。
 先頭の本田は灯りも点けずに進み、次に山田、しんがりを佐藤が担う。
 幸いモノが少ない鈴木んちだから何かに躓く心配はほとんどないが、これは寝てる鈴木を起こさないようにとの本田の配慮なのか、それとも目隠しされてても歩けるぐらいこの部屋を熟知してるせいで暗いことに気づいてさえいないのか。
 水まわりとダイニングスペースを横切ってまっすぐベッドに近づいた本田が、鈴木さん、と囁いた。その直後。
「ん──シュウ……?」
 って言ったような気がする。鈴木が。
「──」
「──」
 年長者2人の背筋に震えが走った。
 が、目を交わそうとしても暗くて目が合わなかったし、カーテン越しの薄明かりを受けた本田のシルエットが枕元を覗き込むような姿勢で顔を埋めるのが見えたらもう、居ても立ってもいられなくなって山田は思わず喚いた。
「気持ちはわかるけどよ!? いきなり2人の世界に雪崩れ込むのはやめろよな!」
「──あぁ? 山田さん?」
 訝るような鈴木の声がして、本田が身体を起こした。
「え、あの僕、熱がないか確認してたんですけど」
「体温計で測れっ!」
「でもまず触って確かめちゃいません? こういうときって」
「せめて手で触れ、デコをくっつけんなっ、ギャラリーがいんのに恥じらいっつーモンはねぇのかよ!?」
「まぁとりあえず、ちょっとぐらい明るくしねぇか?」
「佐藤さんまでいるんスか?」
 寝起きの声で鈴木が言うと、本田が拗ねたような風情で言い訳した。
「ひとりでいいって言ったのに、山田さんと佐藤さんがついて来ちゃったんですよう」
「ナニそのすげー迷惑げな感じ?」
「いえ別に迷惑とかじゃないんですけど……」
「あのな本田、お前が鈴木と2人きりの世界で生きてぇのは知ってるけどな。一応俺らも同僚っつーかトモダチっつーか、なんかよくわかんねぇ長年の付き合いだからな? ソイツが具合悪くなるとかいう空前絶後の事態に心配すんな、見舞いにも来んなってのは酷ってモンじゃねぇか?」
「えーっ、心配なんかしてなかったじゃないですかぁ!」
「いやナニ言ってんの? してたぜ?」
「なんかまぁ、暗いとこでワサワサされんのヤだから電気点けてよ本田くん」
 溜息混じりの鈴木の声が聞こえ、本田がベッドのそばのスイッチをオンにすると、これがまた山田でさえ見覚えのない何だかやたらムーディなヘッドボード裏の間接照明だった。
 
 
【NEXT】

MENU