オンナと? あの本田がぁ?
 鈴木の気配を横目で窺いつつ山田が思ったとき。
 ガラリと開いた入口に救いを求めるように目を遣った泥棒ヒゲ店主が、
「いらっしゃ……」
 言いかけて、この世に救いなどないことに気づいてしまった敬虔な信者みたいな驚愕のツラで固まった。
 おかげで山田と鈴木もつられてそっちを見た。
「──」
 どんな運命の悪戯か。そこには噂の本田修一郎と、おそらく今しがた聞いたばかりのすごいキレイなチャンネーとやらに違いない女が2人並んで立っていた。
 オッサンデーじゃないから、もちろん本田だろうが女子だろうが入店OKだ。
 が、何だか知らないけど帰ったほうがいい。カールサンオツは、ご新規2名様にそう忠告したかったかもしれない。
 しかしそんなことなど露知らず、来店した乙女ゲームの王子様キャラはさっさと上司と先輩の顔を見つけてしまい、あまつさえ満面の笑顔になってカウンターに寄って来た。
「鈴木さん、山田さん。来てたんですかぁ」
 その屈託のないツラを見てから、山田は鈴木に目を走らせた。そこに射殺しそうな目を見た一瞬は錯覚だったのか、ハッとしたときには鈴木が普段どおりに素っ気ない声を投げていた。
「デート?」
「え? 違いますよう鈴木さぁん」
 山田の隣の椅子を引きながら本田がのんきに否定した。ホントは鈴木の横に座りたいのかもしれないが、鈴木の向こうではヨレヨレのサンオツリーマンがホッピーを呑んだくれてる。
「替わる?」
 山田は一応鈴木に訊いたが、
「は? 何でですか?」
 ソッコー疑問形で拒否られた。
 その間に連れのオネーチャンが本田の向こうに立ち、後輩はどことなく居ずまいを正した。
「あの、紹介します」
 山田も思わず背筋を伸ばした。
「僕の、二番目の姉です」
「はぁ? ネーチャン?」
 拍子抜けした山田の前で本田が姉に2人を紹介し、本田の向こうから彼女がニコニコと顔を覗かせた。
 言われてみれば確かに、本田と同じく乙女ゲームの王子様然とした面立ちだ。つまり、どちらかといえば後輩女子からのバレンタインチョコが山積みになりそうなタイプだったが、美女には違いない。
「姉のゆかりです。弟がいつもお世話になってます」
「あ、どうも山田です。こちらこそ、いつも弟さんにお世話になってます。えっと、主にこっちの鈴木が」
「えぇ、弟さんにお世話になってます鈴木です」
 その否定もヒネリもない挨拶に山田は度肝を抜かれたが、目の前の王子様ははにかんだ笑顔で「そんなぁ鈴木さんてば」なんて照れてみせた。
 そして例の留学生バイト女子にドリンクをオーダーしてから姉とともに席に収まった後輩が、なんとおしぼりで顔を拭くのを見て山田はまたしても度肝を抜かれた。
 ──コイツ……なるほどサンオツ化してやがる!!
 思わず焼き台のカールおじさんを見ると、ヒゲ店主は串に塩を振りながらウンウンと満足げに頷いて寄越した。2人が来店したときはあれほど狼狽えてたクセに、事なきを得てペースを取り戻したらしい。
 すぐに本田弟のビールと本田姉のハイボールがやって来て、4人は乾杯した。
「なんか、こないだも来たって? 2人で」
「そうなんですよう。じつは、こないだ連れてきたら店長に一目惚れしちゃって」
 山田と鈴木は王子を見た。
「は? 誰が?」
「誰って、だから姉が。僕のわけないじゃないですか、ねぇ鈴木さん」
「なんで俺に訊くのかな?」
「え、マジでネーサン? このヒゲのサンオツに?」
 山田が再三度肝を抜かれて訊き返すと、ゆかりネーサンは弟の背中をバシッと平手打ちして派手に照れた。
「いやぁだ、もう。なんでサラッと言っちゃうわけぇ、そうやって!」
 山田が焼き台のカールサンオツを見ると、泥棒ヒゲ店主は呆然と手を止めて目の前の美人客を眺めていた。
「焦げる焦げる!」
 指差して喚くとハッと我に返って仕事に戻ったが、すぐにまたひっくり返しかけた串を摘んだまま口を開けて美女をガン見するモンだから、そこら中の客がみんなで指差して喚いた。
「焦げる焦げる!」
 ついにサンオツ・カールは代わりのスタッフに焼き台を任せ、本田姉専属のバーテンダーに成り下がった。
「ハイボール、濃いめにします? 何だったら角じゃなくて山崎入れちゃうよ?」
 客のサンオツらはヤレヤレといった風情で速やかに各々の呑みに戻った。串のクオリティが少々落ちようとも、この非常事態には致し方ない。
 山田は生のおかわりをオーダーして本田を見た。
「てか二番目のねーちゃんって言ったよな? 何人姉弟なんだ?」
「僕は末っ子で、姉が3人いるんです」
「どうりでな」
「あ、それ鈴木さんにも言われましたよう」
「誰でも言うと思うよ本田くん」
 えぇそうですかぁ? と不思議そうなツラで後輩は言い、しかし気にとめず続けた。
「このゆかり姉さんは多分シオさんと同い年ですよ。三番目は2つ上で、あと一番上は鈴木さんと同い年です」
「へぇ」
「あ! でも! 紹介しませんからね鈴木さん!」
「はぁ何言ってんの本田くん? 紹介してほしいなんて思ってないよ」
 鈴木の言葉をどう受け取ったんだか、本田の顔が輝く。
「ですよね、僕がいますもんね」
「意味わかんないんだけど、本田くん」
 2人に挟まれた山田のもとにキンキンに凍ったジョッキがやってきて、両脇の2人が「あ、俺も生」「あ、僕も」と追加オーダー。伝票をどうしたらいいのか迷う留学生チャンネーに鈴木が言った。
「ここ3人は一緒にしちゃっていいよ。あっちのオネーサンのは店長のオゴリだから別にして」
「それ大丈夫ですか?」
 戸惑うオネーチャンに鈴木が頷いた。
「うん大丈夫、そこの本田くんが責任とるから」
「えぇ鈴木さぁん」
 
 
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