外回りから戻った山田が喫煙ルームに直行すると田中と鈴木がいた。
 ここのところ完全に禁煙状態にある田中はコーヒーを飲んでいたが、こう頻繁に副流煙を吸い込んでいて意味はあるんだろうか。山田は思い、煙草を咥えながら言った。
「訊いていいか、田中」
「なんだ?」
「お前の禁煙って誰のため? 自分? 子供? ヨメさん?」
「一応全部かな」
「ふーん」
 山田はもう、それ以上ツッコまなかった。
 代わりに鈴木が言った。
「誰かと一緒に住むって面倒っすよね」
 その鈴木を田中と山田が見た。
「お前が他人と一緒に住むとこって想像できねぇよなぁ鈴木」
「そースか?」
「鍵はすぐ渡しちゃうけどな」
「そーいや本田から返してもらったのかよ?」
「いいえ。どうやって返却させるか、謀略を巡らせてるとこっす」
「そんな黒い計画を練る必要あんのか?」
「黒くなるかどうかは本田くんの出方次第と、俺の胸先三寸っすね」
「本田の出方次第なのか、お前の胸先三寸なのか、どっちだ」
「どっちなのかも、俺の胸先三寸っす」
 鈴木は言って煙を吐き、山田を見た。
「ところで山田さんと佐藤さんの共同生活は、お互いのために心掛けてることって何かあるんですか? 田中さんちみたいに」
「えー? 別にねぇかなぁ」
 山田は言って煙を吐き、天井を見た。
「どっちも煙草は吸うし、メシは佐藤が作るし、家賃は折半だし、寝るときの設定温度は俺が決めるし」
「少なくとも2つ目から心掛け関係なくねぇか、てかお前からの歩み寄りが感じられねぇよ山田」
「まぁでも、やらせてますからねぇ」
 言った鈴木を山田と田中が見た。
 が、鈴木は気にするふうもなく、あ! と声を上げた。
「山田さんと佐藤さんがお互いのために心掛けてること、HIV検査とコンドーム着用っすよね?」
 田中が山田を見て、山田が鈴木を見て、田中も鈴木に目を移した。
「鈴木お前、コイツらが同棲再スタートしてからますます容赦ねぇな」
「てか同棲じゃねぇし!」
 山田が目を三角にしたが、あとの2人はどこ吹く風だ。
「あんなに遊んでたけど佐藤さんも陰性だったんスよね? 良かったですねぇ山田さん」
「は? 知らねぇし、カンケーねぇし、何のハナシだかわかんねーし」
「なんでこの期に及んでンな無意味なシラを切るかなぁ山田」
「そーっすよ、ちゃんと佐藤さんから聞いたんスからね。山田さんは、ホントはゴムないほうが好きなんだってこともね」
「──」
 無言でこめかみに青筋を立てる山田を見て、田中と鈴木は思った。
 最近こんなふうに、無防備に胸の裡が露出することが増えた気がするなぁ……?
 ヤル気のない目で最後までシラを切り通そうとするわざとらしさが、ちょっぴり懐かしく思えた瞬間だった。
「冗談っすよ山田さん」
 何か妙な感慨でも去来したのか、珍しく鈴木が思いやりを見せた。
 その鈴木を田中が見る。
「冗談なのかよ?」
「いくら佐藤さんでも、そんなこと俺に言いませんよ」
「言っても不思議はねぇけど。なぁ山田」
「ナニ言ってんの田中? そもそも根も葉もねぇ事実無根だし。意味わかんねーし」
 鈴木の気まぐれな思いやりも虚しく山田が再びヤル気のない目でシラを切りだしたところへ、佐藤がやってきた。
「なんだ田中、また来てんのか」
「まぁ、たまには休憩入れねぇとなぁ」
「休憩はいいとして、そんなに毎日副流煙吸い込んでいいのかよ?」
 佐藤は言って煙草を咥え、火を点ける。
「お前の禁煙は誰のためだ? 自分か、子供か、ヨメさんか?」
 どこかで聞いたようなセリフに、田中と鈴木と山田は目を見交わした。
 鈴木が佐藤を見て口を開いた。
「佐藤さん」
「なんだ」
「山田さんとの共同生活において、お互いのために心掛けてることって何かあります?」
「あァ?」
 佐藤は紫煙を透かして鈴木を見てから山田に目を移し、再び鈴木を見て眉間に皺を寄せ、言った。
「HIV検査とコンドーム着用じゃねぇ?」
 
 
【END】

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