「山田、醤油買ってきてくんねぇ?」
 ある晴れた休日。キッチンで昼メシを作っていた佐藤が、ダイニングのソファでダラダラとテレビを観ている山田に言った。
「えー、暑ィし面倒クセェ」
「醤油ねぇと先に進まねぇんだけど。お前が食いてぇつったんじゃねーか、豚ヒレ丼をよ」
「じゃあ醤油なくても済むヤツに変更しよーぜ?」
「──」
 佐藤が包丁を握った手をダラリと下げて無言の圧力をかけると、山田が舌打ちしてタラタラと立ち上がった。
「あー、醤油全部置いてくるんじゃなかった」
「なんで1本ぐれぇ持って来ねぇんだよ?」
「だってゼッテェ今回の引っ越しでも醤油寄越すと思ってよー、どいつもこいつも」
 そう。前のアパートに引っ越したときに何故か誰も彼も醤油を寄越しやがったから、今度も醤油の山になると思って、ひとつ残らず大家さんちにあげてきた。
 そしたら今度は誰も醤油を寄越さなかった。
 代わりに山になったのは、今度は何故か食用油だ。サラダ油をはじめ、胡麻油、えごま油、オリーブオイル、ココナッツオイル等々。
「だって佐藤さんがメシ作りますよね? 山田さんのために。料理いっぱいするなら醤油より油のほうが汎用性高いっすよね?」
 真ん中らへんに余計なひとことを交えつつ、鈴木が代表してその理由を述べた。
 しかし野郎の2人暮らしは油なんか何だっていい。すると鈴木は更に言った。
「何言ってんスか、抗酸化作用で山田さんのオッサン化を少しでも遅らせないと幸せが長続きしませんよ」
 またしても真ん中らへんに余計なひとことが交じっていたが、佐藤はスルーして応じた。
「抗酸化とオッサン化を掛けてるつもりかよ? お前こそオッサン化を食い止めやがれ」
「俺はエキストラバージンオリーブオイルしか使いません」
 そんな具合だ。
 それはさておき、山田は立ち上がったはいいが、さっさと出かける気配もなく煙草を咥えたりなんかしてる。
「あげたやつ、1本返してもらいに行ってくっかなぁ」
「やったモンを返してもらうな。てかあそこまで行くよりコンビニのほうが近ェじゃねぇかよ」
「なんで俺だけ行くの?」
「お前が行ってる間に別の下ごしらえできるだろうが?」
「そんなに急がねぇよ? 俺」
「──」
「佐藤くんは一緒に行かねぇのかなぁ」
 佐藤は山田のツラを見た。
「1人でお遣いも行けねぇのか、お前は」
「別に行けねぇワケじゃねーけどよー、おばあちゃんちに辿り着くまでにオオカミとか猟師に出逢うかもしんねぇぜ?」
「猟師にも出逢うならいいじゃねぇか」
「猟師がしくじったらどーすんだよ?」
「山田」
 佐藤がまな板の上に包丁を置いた。
「一緒に行ってほしいならそう言え」
「別に? 俺のリクエストに応えてメシ作ってくれる佐藤くんのためにクソ暑いなか1人で醤油を買いに行くぐれぇ、ワケねぇよ? そりゃ」
「俺のためじゃねぇよな、お前のメシのためだよな?」
「もうさぁ、アマゾンの当日便で注文しねぇ?」
「──」
「行けばいいんだろ!」
 山田は突然喚いて飛び出して行った。
 佐藤は山田の消えた玄関の扉をしばし眺め、溜息を吐いて自室に入り、財布を尻ポケットに突っ込んでスマホを手に家を出た。
 一番近いコンビニに行くと、醤油の入ったカゴを手にアイスのケースの前で立ち尽くす山田を発見した。
「あれ、来たのかよ佐藤」
「完全に手ブラで来ただろうが、お前。どうやって買い物すんだよ?」
「あー、そういやそーだなぁ」
「……俺はな山田、なんでお前と一緒にいるのか自分でも時々わかんねぇよ」
「人生は謎だらけだな佐藤」
「──」
「てかさぁ? だってこんなに暑いときにコンビニなんか来るとさぁ、ついついアイスとか買っちゃうじゃん? しかもさぁ、暑ければ暑いほどアレもコレも欲しくなんじゃん? そーすっと食いながら帰るにしても溶けちゃうじゃん、2個目以降のヤツらが? ドライアイスねぇしコンビニは」
「で、それが何だよ?」
「このジレンマをどうしたらいいんだって思ったら、暑いときの買い物を躊躇ったりウッカリ財布を忘れたサザエさんになってもしょうがなくねぇ?」
 佐藤は小さく首を振ると山田にアイスを選ばせ、ロックアイスをしこたま買って、山盛りの氷の内側にアイスたちを閉じ込めて帰途に就いた。
 外に出るなり山田は暑ィ! と文句を垂れ、アイス1個出すの忘れた! とハッとして喚き、コンビニ袋に詰まった氷の胎内からパピコ・チョココーヒー味を出してパキッと割り、
「はんぶんこな」
 言って片方を佐藤の口に突っ込み、炎天下のなか能天気に笑った。
 佐藤はそのツラを眺めて思った。
 まぁ……なんで一緒にいるのか、わかんねぇワケじゃねぇけどな。
 
 
【END】

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