山田からのLINEが来たのは金曜の夜、とっくに日付も変わった丑三つ時だった。
 つまり正確には土曜の午前。
『おれんちよりおまえのほーがひろいにさーなんでみんなおれとこあつまんの おま』
 ひらがなだらけの上に脱字まである謎のメッセージは、しかも途中で終わっていた。
 佐藤はそれから数分待って、山田に電話をかけた。
 十回コールを聞いて切る。
 次に二十回聞いて切る。
 最後にスピーカーで三十回コールするまでテレビを眺めてから、佐藤は電話を切って部屋を出た。
 外に出るとほどなく、マンションの向かいの児童公園でベンチに転がるホームレスを発見した。
 ホームレスにしか見えないヨレヨレの山田は、無防備にヨダレを垂らして鼾をかいていた。
 近づくとやたら酒くさい。上着とネクタイはなく、鞄も見あたらない。ベンチの下の地面には、煙草のパッケージとライターといろんな長さの吸殻四本、それからスマホが落ちている。
 二つめまで開いてる上に段違いに掛かったシャツのボタンを眺め、鞄はないのによくスマホは持ってたもんだと感心した。
 佐藤はパッケージとライターを拾って一本抜き、火を点けて煙を吐いた。
 それから山田の唇の端のヨダレをしばし眺め、指を伸ばしてそれを拭った。
「おい」
 深夜だから一応声をひそめて呼びかけるも、起きる気配は一向にない。
 佐藤は煙を吐きながら灰を落として思った。このまま捨てて行くか。
 が、その途端、
「あれ? さとー?」
 山田が目を開けた。
「なにやってんの?」
 寝たフリしてたんじゃないだろうな? コイツ。
 だとしても、捨てて行かれそうになって起きたんならテレパシストだ。
「それは俺のセリフだ」
「いてて、首がいてぇ」
「だろうな」
「で、ここどこ?」
 とにかく連れて帰ることにした。
 煙草とスマホは佐藤が持ち、四苦八苦して山田を歩かせた。放っておくと横方向に逸れていくから、仕方なく手も引いてやった。
 酔っ払いの手のひらは汗ばむくらいに熱い。
 部屋に入ると、まず山田を裸に剥いて風呂に放り込んだ。
 出てくるのを待つ間、佐藤はダイニングに置いたソファでバカバカしい深夜番組を観ながら缶ビールを二本干した。
「あー、酔いさめた」
 佐藤の部屋着姿でようやく現れた山田のツラは、ちっとも醒めてるように見えなかったが、公園で発見したときよりはマシだった。
「お前んちのフロ、俺んちより広くていいよなぁ」
「毎日入りに来てもいいぜ」
「カネくれたら来てやってもいいけど」
 言って床にペタリと座り込む。
 山田がここに来るのは、引っ越し当日の手伝い以来だ。
「長ぇ風呂だったな」
「寝てた」
「はぁ? シャワーだけだろ? どうやって寝るんだよ」
「途中で眠くなったからバスタブに入ったんだよな、ちょっと寝ようと思って? そしたらさぁ、目が覚めたら顔にシャワーがかかっててさぁ、カラのバスタブで溺死するとこだったぜ」
「器用なやつだな」
「テクニシャン山田と呼んでいいぞ」
「いまの話はお前のテクニック関係なくねぇか」
「あ、俺もビール飲む」
「そんだけ酔っ払っててまだ飲むのかよ」
「もう酔っ払ってねーし俺」
 酔っ払いの戯言は聞き流したが、缶ビールは出してやった。
「で、お前、さっきのLINEは何だったんだ?」
「なんの話?」
 怪訝そうな目が返る。
 記憶にないようだから、ひらがなだらけの上に脱字まである謎のメッセージを見せてやった。
「やべー、なにコレ知らねぇ、なにコレ幼稚園児? オレじゃねーし」
「じゃあお前と同レベルの知能の誰かが、お前のスマホから送ってきたってのかよ?」
「俺のIQいくつか知ってんの?」
「知りたくもねぇ」
「てか佐藤お前、これ見て俺を探しにきたわけ?」
「しょうがねぇじゃん」
「お前スゲェな、なんでコレで俺がこのへんにいるってわかったんだ?」
「お前が電波飛ばしてきたからだろ」
「俺たち、ついにテレパシストになったんだな」
「──」
「お前の友だちリスト、オンナばっかだな」
「なに見てんだ返せ」
 奪い返して山田から遠いところに置く。
「あれ、俺の次郎は?」
 山田はスマホを次郎と名付けていた。
 山田次郎を渡してやると、山田一太郎はちょっといじって画面を一瞥しただけで、すぐに床に伏せた。
 そのさりげない手つきを、佐藤は黙って目で追った。
「そーいやお前、鞄なかったぜ」
「え、俺の高級バッグ?」
「駅構内の出店で買った安物だろうが」
「中身が高級なんだよ、何しろ俺の荷物だからな」
「そもそも中身入ってんのかよ。てかお前、どこで飲んでたんだか知らねぇけどよくスマホとタバコだけで帰ってきたな」
「だって歩きだし。むしろ荷物ねぇほうが軽くてよかったんじゃねぇ?」
「歩いたぁ?」
「だって終電過ぎてたし……ん? あれ? あったのかも電車? わかんねぇけど、まぁいいや。とにかく電車ねぇと思ってたから歩いて、そんでこんな時間になったんじゃん?」
 他人事のように言った山田はしかし、スタート地点がどこなのかは言わなかったし、佐藤も訊かなかった。
 かわりに言った。
「迷子にならなくてよかったな」
「だって次郎が連れてきてくれたし。次郎は優秀なコなんだぜ」
「あぁそうかよ、お前に似なくて何よりだな」
「うんまぁ、俺ほど優秀じゃねぇとこが残念だけどな」
「で、荷物はどこにあるかわかってんのかよ?」
「あ? うんまぁ」
 山田は目を宙に泳がせて、たぶん、と呟いた。
 佐藤は山田の煙草を抜いた。
「それ、俺のタバコじゃねぇ?」
「だったら何だよ」
「いや自分のオモチャ吸えよ」
 嫌煙の時代になって久しい現在も紙巻派の山田は、葉っぱを燃やすだけの原始的な煙草以外全般をオモチャ呼ばわりしていた。
「充電中なんだよ」
「まったく、めんどくせぇオモチャだな」
 山田は鼻で嗤って一本咥え、佐藤は缶ビールを取りに立った。
「山田お前、狭い部屋に集合されんのがイヤならこっちに来りゃいいじゃねぇか?」
「何しに?」
「何しにっつーか、お前んちに集まったって別に何もしてねぇだろ俺ら」
「何するわけでもねぇのにわざわざ家出んのめんどくせェし、それに自分ちが好きなんだよ俺。家につく生き物だから」
「猫かお前は」
 佐藤は缶に口をつけた。
「だったらここを自分ちにすりゃいいんじゃねぇ?」
「やだね」
「首に鈴もつけてやるから」
「猫かオレは。ペットが欲しけりゃデッカいオッパイついてる猫でも飼えよ」
「まだ怒ってんのかよ、ナルミのこと」
「は? 誰? お前が連れ込んでた女のこと? 俺が怒るとか意味わかんねぇし、そんな過去もう記憶にねぇし、だいたいなんでその話が出てくんだよ? まぁたしかに巨乳だったみてぇだけどさぁ、あ、チラッと見たくらいだけどなオレは? でもチラ見でデケェって思ったんだからマジ、デカかったんだろ? ガッカリだぜ佐藤、お前は乳のデカさで女を選ぶようなヤツじゃねぇと思ってたのによォ」
「しっかり記憶してんじゃねぇか」
 
 
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