【2】はいつもの山田ですが、後半はどうしても新山田に差し支える内容だったため割愛しました。続きはご自由にご想像ください。


 
 
 31。
 咥え煙草で数字を押し遣って煙を吐き、ついでにデカイ欠伸をする。
「山田お前……」
「は?」
「ビンゴじゃねぇか」
 隣から覗き込んできた佐藤が言い、山田は手持ちのカードに目を落とした。窓が横一列、全部開いてた。
「うっわ! マジかよ!?」
 思わず立ち上がった山田を、田中と佐藤弟と鈴木が見上げる。
「え? ビンゴか? 山田」
「え? イチさん、ビンゴ?」
「おめでとうございます、山田さん」
「めでてぇと思うなら代われよ鈴木」
「いいから早くクジを引け、山田」
 おなじみ、山田と居候佐藤コンビのアパート。
 忘年会と称し『クリスマスフェア☆21時まで生ビール半額!』の誘い文句に釣られて某所の某居酒屋で飲んできた、その後。今度はアパートでクリスマス会と称して、更に飲酒に耽る社会人四名と高校生一名だった。
 ただし高校生の飲酒はもちろんのこと、翌日に仕事を控えたリーマンたちも問題だ。
 土曜から三連休だったんだから、金土日いずれかの夜にすれば良かったものを、生半額フェアとやらが月曜日である今夜──イヴ限定だったんだから仕方ない。
 で、時間めいっぱい飲んで21時になった途端に店をあとにしたというわけだ。
 つまり夜九時。当然、まだまだ飲み足りない時間だった。
 そこでお決まりの流れに従い、途中で酒ツマミ類を調達してボロアパートになだれ込み、名目が一応クリスマス会なんだからと佐藤が先日職場の忘年会のビンゴ大会でゲットしてきたミニビンゴゲームでもやるか、ということになった。
 ただし景品が何もない。そこで、景品ではなく罰ゲームにした。
 それぞれが罰ゲームを書き入れた紙を買い物のポリ袋に入れ、ビンゴになったヤツが引くというわけだ。
「お前ら、マトモなモン書いたんだろうなぁ?」
 ガサガサと袋に手を突っ込んでチンタラかき混ぜる山田。
「書いた書いた。外に出てお年寄りの手を引いてあげましょう、とかな」
「こんな時間にウロついてるジジババがいたらケーサツに連れてかなゃなんねーだろ」
「つーか自分のヤツ引くかもしんねぇじゃん、お前はマトモなモン書いたのかよ山田」
「書いたに決まってんじゃん。明日出勤したら、奥サンが副社長と不倫してますよって社長に教えてあげましょう、ってな」
 飲み過ぎの眠たげな目で煙を吐く山田のツラを、リーマン三人がじっと見た。
「え? 社長の奥さんが副社長と不倫?」
「え? 知らねぇの? みんな」
「え? 山田さんのジョークじゃないんスか?」
「書いたってのはジョークだけど不倫は事実じゃねぇの?」
「ねぇのって誰から聞いたんだよお前」
「お前らんとこの課長?」
「は? 一課の?」
 田中と佐藤が顔を見合わせ、そんな二人を鈴木が見て、最後に三人が山田を見た。
「なんでウチの課長がお前にンなネタを?」
「知らねぇよ。たまたまこないだ喫煙所で一緒になったら、こーんな感じで」
 と、右隣の鈴木の背中に手を回して顔を近づけ、
「山田くん山田くん、いいこと教えてあげようか」
 山田は酒クサイ息で囁いた。
「……みてぇな? 口軽ィな、お前らんとこの課長はよォ」
「──」
「──」
 田中は黙って缶ビールを傾け、佐藤は黙って煙草に火を点けた。そこへ、
「イチさん!」
 弟が突然、鬼気迫る面構えで腰を浮かした。
「そのオッサン、ぜってぇ危ねーよ!」
「どのオッサン?」
「だから課長とかいうヤツっ! そのうち、イイコトなんつって身体にイケナイコト教えてくれちゃったりしたらどーすんだよ!?」
「相変わらず飛躍してるなぁ、弟くんは」
 血相を変える佐藤弟に鈴木が笑う。山田も他人事みたいなツラでブハハと笑い、佐藤は相変わらず無言で煙草を吸い、田中が醒めた声で言った。
「ま、いいから引けよ」
「あ、そーじゃん。クジだクジ」
「あぁ? もう忘れたかと思ってたのによォ」
 山田はブツブツ言ったが観念したように再度手を突っ込んで、一枚の紙片を拾い出した。紙を広げる。
「──」
 沈黙。
「あ、間違えた」
「は?」
「ちょっと待った、なに取っ替えようとしてんですか山田さん」
「何て書いてあんだよ」
「見せろってオイ」
「うわーっ、触るなぁ!」
 抵抗する山田から紙片を奪い、佐藤が広げる。
 ──『みんなとキス(口と口で)』。
 汚い字で書かれた紙を覗き込んだ山田以外の全員が、無言で山田を見た。
 山田は既に素知らぬ顔で煙草に火を点けている。
「うわぁイチさぁん、俺が書いたヤツだーっ!!」
 嬉しそうに声を上げたのは、佐藤弟。
「お前が書いたのか、どうりで」
 呆れたように佐藤が呟く。
 どうりで『口と口で』。小学生か。もっと他に書きようないのか……。弟以外の全員が思ったが、誰も言わなかった。
「イチさんが引いてくれるなんて超ツイてるぅ。つーかイチさん以外が引いたら困るけどさぁ、でも今朝の星占いで牡牛座の運勢、一位だったしィ?」
「へぇ、弟くん牡牛座なんだ」
 と鈴木。
「え? 牡牛座なのか? お前」
 佐藤兄が言った。
「あれ、牡羊座だったかな」
 佐藤弟が呟く。
「いつなんだ、誕生日」
 田中が訊いた。
「八月のはじめ。もう夏休み真っ最中ってヤツ? 学校の友だちとかにオメデトウって言ってもらえねぇ人生なんだよなぁ!」
「え? それって、牛とか羊って次元だっけ……?」
「なんか全然違うような気もすっけど」
 しかし誰も、八月の初めが何座なのかなんてわからなかった。
「ていうかホントに牡牛座だったのかよ、一位」
「わかんね。違ったかも」
 つまり何もかも全てが曖昧だった。
「とにかく、みんなとキスだってよ山田」
「え? みんながキス? ンで、俺が見物するってこと?」
「潔くないですよ、山田さん」
「そーだそーだっ、漢らしくねぇよイチさん!」
「てかお前らさぁ、オレがひとりで裸踊りとかじゃねぇんだぞ? 自分らも巻き添えになるってわかってんのかよ!?」
「別にキスぐらい、挨拶みたいなモンですからね」
「どこの帰国子女だ、鈴木お前」
「あ、裸踊りでも良かったなぁ、けどイチさん以外だったらンなモン見たかねぇしなぁ」
「そういや弟、なんで『みんな』なんて書いたんだ?」
「え、そりゃだって誰か一人なんて書いたら、イチさんが俺以外のヤツとしちまうかもしんねぇじゃん? でも俺の個人名書いてイチさん以外が引いたら、オレだけがヤな目に遭うじゃん? てかもし兄貴が引いてみろよ、俺もう死ぬしかねぇし」
「ヤな目はお互い様だろ」
「てか、だからなんでそんなに山田にこだわるわけ? 彼女いるんだろ、今も?」
「だからカノジョとイチさんは別なんだってばぁ!」
「相変わらず意味がわかんねぇな」
「で、誰から始めるんですか? 山田さん」
 そこでビンゴの指示にあった『みんな』は、まるで他人事みたいにスパスパ煙草を吸ってる当人、山田を見た。
「──あ? ナニ見てんだお前ら」
「ナニじゃねぇよ、早くやれよ罰ゲーム」
 佐藤か田中のどちらかが言い、山田はチッと舌打ちした。
「しょーがねぇなぁもぅ」
 言ってタラタラ煙草を消し、ひと口呷った缶ビールをゴンと置いて声を上げた。
おとこ山田、こうなったら逃げも隠れもしねぇぜ、どっからでもかかって来やがれ!」
 
 
【END】

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