内線を受けた田中和男の耳に入ってきたのは、聞き慣れた声の聞き慣れた誘いだった。
「今日飲み行かねぇ?」
「あー、給料入ったしなぁ」
「やっと片付いたしよ、例の案件も」
 営業二課の山田はここのところ何やら非常に忙しい様子だったが、ようやくケリがついたらしい。
「じゃあ打ち上げも兼ねて行くか。つっても、お前しか意味ねぇけどな打ち上げ」
「いんや、二人分は意味あんぜ? 俺んとこの若けぇのも連れてくから」
「若けぇのって、言ってたアレか?」
「そう面倒みてるヤツ」
「お前に育てられたりして大丈夫なのかよ」
「別に育ててねぇし。親はなくとも子は育つ」
 わけがわからなかったが田中はスルーした。
「とにかくじゃあ、佐藤にも声かけとくから」
「おー、よろしくな」
 田中は電話を切り、営業一課のフロアを見渡した。
 課長席の前にいた佐藤弘司が戻ってくるのを待って、田中はキャスターを滑らせ椅子ごと移動した。
「佐藤、今日空いてっか?」
「何すんだ?」
「山田が仕事片づいたから打ち上げしようぜって」
「俺ら打ち上げ関係ねぇじゃん」
 佐藤は笑い、田中と同じことを言った。
「そういうわけだから残業すんなよ」
「わかった」
「あ、山田が後輩クン連れてくんだって」
「野郎ばっか増やしてどうすんだよ俺ら」
「そう思うんだったらどっかから調達して来いよ。マブいスケをよ」
「マブいスケってお前、どこの昭和のオッサンだよ?」
 課長席から、これみよがしに聞き苦しい咳払いが響いてきた。
 その当てつけがましいアピールを潮に、田中は再びキャスターを転がして自分の席へと戻って行った。
 
 
【END】

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