何だって駅の喫煙所はこんな端っこに追い遣られちまったんだろうと、山田一太郎は毎日思う。
 毎日山田について回る研修中の鈴木聡も、一度同じようなことを漏らしていた。
「あ、電車来ましたよ」
 その鈴木が紫煙の向こうで呟いた。
「次にしようぜ。俺いま二本目つけたばっかだし」
「いいんですか? 時間」
「大丈夫大丈夫。会議なんてな、時間通りに始まんねぇモンなの」
 山田がしたり顔で利いたふうな口を叩く。
 ホームに入ってきた電車から続々と乗客が吐き出され、ほぼ同量の新たな客が吸い込まれて行くのを、喫煙所のスーツ二人はぼんやりと見送った。
「山田さん」
 人波を呑み込んで閉まるドアに目を向けたまま、鈴木が呼んだ。
「なんだ」
「一本もらっていいスか」
「切れたのか……あれ」
 ポケットから出した箱を覗いて、山田が呟いた。
「悪ィ、俺もラスイチだったみてぇ。あークソ、いつの間に」
「じゃあいいっす」
 鈴木が遠くを見る目で所在なさげに応じる。
「やるよ」
 山田が短く言ったかと思うと、指に挟んだ煙草を鈴木の口に押しつけた。
「え」
 鈴木は目を丸くし、とりあえず一服してから言った。
「いいんスか?」
「もう吸ってんじゃねぇか」
「そうですけど」
「俺が電車見送らせたしなぁ」
「じゃあ遠慮なく」
「でもあんまりゆっくりしてっと次の電車来んぜ」
 山田は腕時計を覗き、鈴木はプカプカと煙草を吸う。
 そばで一服中のOLが興味津々の眼差しで眺めていることなど露知らず、二人は電車の到来を告げるアナウンスを聞くともなしに聞いていた。
 
 
【END】

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