揺すられて意識が浮上した。
「いつまで寝てんだ? 遅刻できねぇんじゃなかったのかよ」
「んぁ……?」
 むりやり瞼を上げた視界には、ベッドの脇に立って見下ろしてくる同居人のスーツ姿。煙草の匂いがする。
「よォ」
「──」
 まだ半分以上眠ったままの脳ミソで、山田はぼんやり考えた。
 そういや夜中にもこんな風に、爆睡してるとこをコイツに起こされたような?
「おい、憶えてるか? ゆうべのこと」
 煙草を咥えた唇の端を歪めて佐藤が笑った。
「ゆうべ──?」
 山田は呟いた。
 モヤがかかる意識の奥底から、何かの記憶がゆるゆると浮かび上がる。
 そうだ、思いだした。夜中に叩き起こされて、ケツを貸せとかいうフザけた要求をコイツに突きつけられて……?
「──」
 貸しちまったんじゃん俺、ケツを?
 自覚した途端、もう永遠に起き上がれないような気分になった。
「山田? 起きてっか?」
 佐藤が目の前で手のひらを振る。
 ケツを貸してしまった同居人相手に一体どういう反応を示すべきなのかわからず、とりあえず「煙草くれ」とだけ言うと、佐藤が自分の唇から抜いた煙草を咥えさせた。が、新しい煙草を寄越せと言う気力は、今の山田にはない。
 あぁ──と意味のない呻きが漏れた。
 寝不足の身体にニコチンが染み渡り、頭がグラグラする。どうやら事後にはしっかり眠ったらしいが、全然寝た気がしない。
 てか、一発って言ったのに二回やんなかったかコイツ……?
 咥え煙草のまま半眼で反芻しかけた記憶を、同居人の声が掻き消した。
「お前、早くした方がいいんじゃねぇ? マジで遅刻すんぞ」
 佐藤は言って山田のそばに灰皿を置くと、じゃあなと言い置いて玄関を出て行った。
 クソ、どうせならもっと早く起こせよな。
 山田は舌打ちしてノロノロ起き上がり、寝グセだらけの頭のままベッドの上で胡座をかいて煙を吐いた。
 あぁ、やっちまった──アイツと寝たとか信じらんねぇ。
 なんて悠長に考えてる場合じゃないことは、三十秒後に気づいた。
「うっわ、やっべ!!」
 時計を見た山田は転がるようにベッドから降りた。腰の違和感も、もはや気にしてる場合じゃなかった。
 シャワーを浴びてる時間なんか、もちろんない。とにかく洗面所に飛び込んで顔を洗い、歯ブラシを口に突っ込んだ山田は鏡を見て固まった。
「──」
 なんだコレ──!?
「佐藤ぉぉおっ!!」
 鏡に映る己の首に数箇所、シャツでは隠しようもない鬱血が存在を誇示していた。
「どーしろっつーんだよコレ!?」
 一旦引いた血の気が一気に上昇した直後、台所のテーブルに放ってきた携帯電話が着信音とバイブの振動を響かせた。
 こんな時に何だ! とイラつきながら、山田はもう現実逃避の心境で歯ブラシを咥えたまま取って返し、携帯を拾い上げた。
 画面には、折しも佐藤からのメール受信が示されていた。
「何なんだもう!」
 ますますイライラしながら開封する。
『次は制服姿でな』
 何の用事かと思いきや、それだけだった。
 ──制服姿?
 数秒考えて、深夜の会話を思い出す。もしかしてアレか? 会社のミニスカの制服を今度着るとか着ないとか、ソレ着てやるとかやらないとか……
「やるかっ、馬鹿野郎!!」
 制服だろうがナース服だろうが一糸纏わぬ姿だろうが、アイツとセックスなんか二度とやるかっつーんだよ!?
 力任せに投げつけた携帯が佐藤の部屋のドアにぶつかって、壊れるぐらい派手な音を立てた。
 
 
【END】

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