目を三角にして喚く山田に、そうじゃねぇだろと同居人は笑い、掴んだ手をゆっくり上下させた。
「ッ、やめ──」
「諦めろって、いい加減」
「諦められっか、明日は朝から大事な企画会議あんだよっ」
 正確には明日じゃなくて、もう今日だけど。
「はぁ? そこかよ?」
「大事なコトだろーが? 夜更かししたら起きられねぇんだよ!」
「ちょっと待て、拒否る理由はそこなのかよ?」
「だったら何だ!? とにかくさっさとその指抜きやがれっ、じゃねぇと居眠りとかして怒られたら課長に言うからな!」
「何を?」
「一課の佐藤くんがゆうべ寝かせてくれませんでしたってな!」
「誤解を生むだろ」
「誤解じゃなくて事実じゃねぇか」
「わかった。じゃあ朝は責任もって起こしてやるし、次回のお前の企画書を代わりに作ってやるってのはどうだ?」
「え」
 企画書?
「企画書──」
「苦手だろ? お前」
「──」
 たしかに苦手だった。
「あんなもの作るぐらいなら、女装して秘書課で働く方がマシなんだろ?」
 たしかに、そんなことを言ったこともなくはなかった。
「秘書課もいいけど、受付女子の制服とか着た山田ってのも見てみてぇ気はするな」
「だったら今度着てやるよ」
 企画書が脳内を占めていたせいで、うっかりいつもの軽口が漏れてしまう。
「へぇ、じゃあ次は制服姿でやらせてもらおうか」
「はぁ? ナンでやるハナシになるんだよ? てかとにかく抜けって指──」
「あのタイトのミニスカ、似合いそうだよな。お前のこの脚に」
「お前、今までンな目で俺を見てたわけ? 俺の脚線美を?」
「いや、いま思った」
「余計なことを思いつくんじゃねぇ」
「とにかく、ちょっとココを貸してくれたら企画書のできあがり。悪い話じゃねぇだろ?」
「──」
 制服云々はさておき、ちょっと心が揺れた。
 ケツの操か、企画書か──
 うっかり真剣に考えかけた山田は、ハッとして声を上げた。
「てかお前、ぜってぇテキトーにゴマかして結局やんねーだろ! 引っ越してくる時もシャツのアイロンかけるっつーから入れてやったのに全然やんなくなってるしさぁ?」
「最初はかけてただろ? 安心しろって。企画書を今後ずっと肩代わりしてやるなんて言ってねぇよな、俺は」
「あ? あぁ、まぁな……?」
「アイロンだって最初の頃はかけてたんだから、今夜の支払いも心配ねぇって。な?」
「そういう問題なのか──?」
 何だかよくわからないまま疑問符だらけで答えると、佐藤が入れっぱなしだった指を再び動かし出して山田は慌てた。
「ッ、ちょ、待て! まだいいって言ってねぇっ」
「考える時間が長ェんだよ。指まで入れさせてんだから、もういいじゃねぇか」
「入れさせてんじゃねぇ、お前が勝手に入れたんだろ!? てか佐藤お前、こんなことしてる間に萎えたりしてねぇのかよっ?」
「してねぇよ。何が何でもお前に入れるって決めたんだから」
「くだんねぇ決意をすんじゃねぇ」
「俺の決意は早くて固ェんだよ、お前と違ってな。そんなに決められねぇなら俺が決めてやる。企画書一本で一発、はい決まり」
「俺の決意まで勝手に……」
「決まったんだからガタガタ言うな」
 有無を言わさず転がり込んできた居候は、有無を言わさず山田にのし掛かってきた。
「往生際が悪ィぜ、企画書で手を打ったんじゃねぇか。男に二言は? 山田」
「ねぇけど!」
 つい応じてから、ふと思った。俺いつ手を打ったっけ? ──考えるそばから指を出し入れされて思考が乱れる。
 しかもメチャクチャ眠いし、上に載っかる野郎を退かせるのは至難の業に感じられたし、正直言えば脱がされたパンツを穿くのも面倒くさかった。
「クソ……田中に言うなよ」
 ふと漏れた呟きに、佐藤が一瞬黙った。
「なんで田中?」
「は?」
「他のヤツならいいのか?」
「は? ダメに決まってんだろ」
「課長には言うって言ってたじゃねーか、さっき」
「企画書で口止めされたじゃん」
「何でわざわざ田中って言ったんだ?」
「うるせぇな、俺の勝手だろ。文句あんなら部屋帰って寝ろっ」
「別に文句なんかねぇけど、田中はダメで他のヤツならいいのかよって思うだろ?」
「ゴチャゴチャ言うな、田中だろーが他のヤツだろーがどいつもコイツもみんなダメに決まってんじゃねぇか、やんねぇなら寝てぇんだけど俺!」
 ケツに指を突っ込まれたまま足の裏で佐藤を押し遣ると、同居人はその足首を掴んで低く宣った。
「寝てりゃいいじゃねぇか。俺は企画書分、しっかり楽しませてもらうけどな?」
 
 
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