流しで洗い物を終えた山田は、手を拭いて煙草を咥えた。
 食卓の椅子に座って山田の部屋のテレビを見ていた佐藤が、立ち上がって冷蔵庫を開けた。
「飲むモンならなんもないぜ」
 流しに凭れて煙草を吸いながら山田が言った。佐藤が無言で冷蔵庫を閉じる。
「何だよ」
 目の前に立つ佐藤を山田が見返す。
 顔が近づいて、唇が触れた。
 次の瞬間、
「あちっ!」
 煙草を持った手で突き飛ばされ、佐藤が顔を顰めた。
「お前な……」
「何やってんだよっ!?」
 真っ赤な顔で山田が叫んだ。
「はぁ?」
 訳がわからなかった。
「はぁ、じゃねぇよ! 何だお前っ」
「何だって何が」
「気持ち悪ィことすんじゃねぇ!」
「気持ち悪ィってお前、今更……」
 何を言ってんだ、と言いかけて、ふと佐藤は気付いた。
 いままで何度も山田を抱いたけど、キスしたことってなかったんじゃねぇの?
 ──俺らってフーゾクな関係?
 が、だからといって服に焼け焦げを作られるほどのことじゃないと思う。
 山田は耳まで赤くして、片手で口を覆って俯いていた。
「あのさぁ山田?」
「なんだよ……」
「なんで俺ら、今までキスしたことねぇんだろ?」
「なんでって、そりゃ……必要ねぇからじゃねーの」
「必要ねぇのか? セックスしてんのに?」
「だって、身体だろ?」
 俯いたまま山田が言う。
「そうか、身体か」
 何となく佐藤も納得する。
 でも、しつこいようだけど、だからと言ってここまで反応するようなことか?
 初めてなわけはないだろうし。
 ──この期に及んで、たかがキスで?
 ──身体なら、拍子抜けするぐらい抵抗しねぇくせに?
 そのまま、どうということもなく彼らは向き合って立っていた。
 遠のいていたテレビの音が、急に耳に戻る。
「あのさぁ山田」
「何だよ」
「もっかいしてみてぇんだけど」
「ぜってぇ嫌だ」
 山田が即答した。
 
 
【END】

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