「出張?」
 金曜の朝、山田は佐藤の荷物を見て訊いた。
「あぁ、一泊」
「どこまで?」
「神戸」
「へー、いいなー。ついでに日曜まで遊んで来たりすんの?」
 咥え煙草で頬杖をついて山田が言う。相変わらず朝の起床と準備が遅い山田は、もう出るばかりの佐藤とは違い、まだ起き抜けのままでコーヒーを飲んでいるところだった。
「さぁなぁ、行ってから考える」
 佐藤は言ってコートを羽織り、アパートを出た。
 一度出社してからの出張で、始業時刻ギリギリぐらいにやって来た田中と顔を合わせた。
「あれ佐藤、神戸じゃねぇの?」
「昼頃出んだよ。山田に会ったのか?」
「いまエレベータで一緒だった。夜、山田んちで飲もうっつっててさ。佐藤いねぇから泊まってけばって言われて。週末だしな」
 そう言って笑う田中を眺め、
「俺のベッドに寝ゲロ吐くなよ」
 佐藤は言った。
 それから出張前の雑務を片付け、二課部屋へ向かう途中、喫煙所で山田を見つけた。
「山田、ちょっと」
 トイレに向かい、個室に山田を押し込んで自分も入り、佐藤は扉を閉めた。
「何だよ」
 今のところ他には誰もいないが、小声で山田が言った。
 その身体を壁に押し付けた佐藤の指が、山田のネクタイの結び目に絡む。
 もう片方の手で股間に触れると、聞き取れないくらい小さな吐息が山田から零れた。
 首筋から、ボタンをいくつか外して開けた鎖骨の辺りまで唇で辿る。きつく吸い、ふたつみっつほど赤い痕跡を作ってから、佐藤は突然身体を離した。
 何事もなかったように山田の襟元を整え始めると、山田が当然の質問をした。
「何のつもりだ?」
 佐藤を睨みつける頬が微妙に染まっている。
「別に」
「大体、なんでいるんだ? 出張はどうしたんだよ」
「そんなに行って欲しいのか?」
「誰もンなコト言ってねぇだろ」
 佐藤は扉に顔を寄せ、念のため外の気配を確かめた。誰もいない。
「じゃあな。戸締まり気を付けろよ」
 呆気にとられている山田を残し、佐藤は個室をあとにした。
 
 
【END】

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