この世にはとんでもねぇ変態がいる。
 そのカテゴリもレベルも星の数ほどあるんだろうけど、目の前の野郎も間違いなくその一員だと田端は思ってる。
 スーパーで買ってきた根菜の煮物の、レンコンの穴すべてに真剣な眼差しでゴボウを詰めている職場の後輩、上野を眺めて田端は呟いた。
「マジで危ねぇ変態野郎にしか見えねぇ」
「え?」
「ほとんど性犯罪者だぜ、それは」
「え? 何がですか?」
 顔を上げて心外な面構えで訊き返す後輩は、妙な性癖さえなければ完璧な男だった。
 何をもって完璧とするのかも人の好みもさまざまだろうけど、少なくとも一般的な基準で言えば、顔よし、頭脳よし、センスよし、如才なし、野郎として求められる身長もリーマンとしての能力も持ち合わせてる。
 経済面では、特に金持ちってわけじゃなくても給料は普通にもらってるし、この分なら何かやらかさない限りは出世もしそうだし、それだけ揃ってりゃもう十分なんじゃねぇか。
 なのに、だ。
 田端は上野の手元を指さして首を振った。
「お前の穴埋め癖は重々承知してる。でもソイツはヤバイ」
 そう。誠に残念なことに、天から二物どころか贅沢なくらい沢山与えられてる後輩は、余計なものまで授かっていた。穴があると埋めたくなるド変態な性癖だ。
 それもデカイ穴には興味がなく──わかりやすく言うなら、トンネルを埋めたくなったりはしない──小さければ小さいほど、そわそわして落ち着かなくなるらしい。
 さっき一緒に電車に乗ってるときも、見知らぬお姉ちゃんのバッグに空いたハトメ穴に危うく指を入れそうになったから、周囲に勘付かれないうちにどうにか思いとどまらせた。
 そんなだから彼女ができると、下世話な話で恐縮ながら通常の穴埋め行為に勤しむのはもちろんのこと、隣で寝てる女の鼻に適当なものを突っ込んでは別れに至ったりという繰り返しだ。前述のように条件だけはいいもんだから女はすぐにできるのに、そんなわけで続いた試しがない。
 ちなみに田端も何度か鼻に突っ込まれた。今日みたいに上野の自宅で飲んで泊まったり、もしくは逆に田端宅に泊めたりしたとき、目覚めたら鼻の穴に柿ピーのピーナツが嵌ってたりするわけだ。
 一度ソラマメが入ってたときには、さすがにソラマメはやめろ! と怒ったものだった。全く、鼻の穴を拡張されちゃ堪らねぇ。
 で、今また懇切丁寧な仕事っぷりでレンコンの穴ひとつひとつにゴボウを突き刺してるのを見る限り、正直もう卑猥な変態行為にしか見えない。幸い宅飲みだからいいようなものの、これが呑み屋で店員のお姉ちゃんにでも目撃されたら、いくら外観がコレだとはいえ間違いなくドン引きだろう。
「別にいいじゃないですか、ここには重々承知してる田端さんしかいないんだから」
「いやお前、常日頃からの心がけが大事だぜ? クセってのはうっかり出ちまうだろ?」
「いやもう出てますし」
「開き直るんじゃねぇ、出先でお前がうっかりしちまったら組んでる俺が困るんだよ」
 すると上野は作業を止めて箸を置き、見た目だけはたっぷり風情を孕む愁眉を向けて寄越した。
「田端さんのために日頃から我慢しろと?」
「いま初めて言われたような顔すんな、ずっと前から百万回も言ってんだろうが」
「もう百万回も聞きましたっけ」
「効果があるまで何千万回だって言い続けるぜ、俺は」
 言ながら箸を伸ばし、レンコンに詰まったゴボウを片っ端から抜き始めた田端の手を、ふと上野が掴んだ。
「わかりました」
「え、いきなり?」
「俺だって、今まで田端さんに言われて全く自戒を検討しなかったわけじゃないんですよ」
「あ、そう?」
「よかったら、ここはお互い歩み寄ることにしませんか」
「いや、俺が何か譲歩する筋合いってあるか?」
「癖ってのはね、田端さん。我慢するのはとんでもないストレスなんですよ。それを田端さんのために我慢する努力をしようって言ってるんです。田端さんのためにね」
 田端さんのために、を後輩は二度言った。
「だから少しくらい協力してもらってもよくないですか?」
「まぁそりゃ、俺が協力できることならするけどさ」
 そう答えたのが間違いだった。
 
 
「上野お前っ! ほとんどじゃなく性犯罪者だぜ、これは!?」
「ちょっと田端さん、そんな大声出してご近所さんに通報されたらどうするんですか。恥ずかしい思いするのは俺だけじゃないですよ? わかってます?」
 言われなくたって重々わかってることを改めて諭され、田端は返す言葉に詰まった。
 細かい経緯は端折る。
 とにかく何だかよくわからない間に、気がついたら自分のネクタイと上野のネクタイで、左右それぞれの手首と足首をワンセットずつ纏めて括られていた。
 右の手足は田端のブルー系、左の手足は上野のブラウン系、ちなみにどちらもストライプ。
 は? 何これ? と問いかけるも何故かそのまま抱えられてベッドに運ばれ──上野に比べたら軽量だけど、田端だって小柄でもなければ特別細っこくもないってのに──仰向けに転がされてベルトを抜かれて尻を剥かれれば、さすがに下半身の危機を覚えるってものだ。
「穴を埋めたいだけのド変態かと思ってたら、こんな危ねぇ性癖まで持ってやがったのか!」
「嫌だな、穴を埋めたいだけのド変態ですよ」
「ド変態って認めたな……!?」
「そりゃだって、ずっと言われ続けてますし」
 開き直った口調で平然と言い放ったド変態の後輩は、田端の下半身の着衣を無造作に膝まで押し遣ると、中身さえ知らなければいくらでも女が寄ってくる面構えをうっとり弛めて嘆息した。
「あぁ、最高にそそる穴がありますね……」
「ヤベェ! 後輩がクソ変態すぎて死ぬ!!」
「協力するって言いましたよね?」
「こんな協力とか聞いてねぇしっ」
「自分にできることならするって言いましたよね?」
「だから──」
「大丈夫、田端さんにできますよ。転がっててくれればいいだけです」
 クソ変態の後輩はそう言って、どこからともなく取り出したコンドームのパウチを2つ、両手で摘んで掲げて微笑んでみせた。
「ポリウレタンとラテックス、どっちにします?」
「知らねぇし!」
「じゃあウレタンにしますね、とりあえずフィット感とか関係ないし」
 もうコイツが何を言ってるんだかわからない。
 が、ピリリと破ったパウチから中身を取り出し、伸ばしていくそこに指を突っ込むのを見て田端は青ざめた。
「いやマジで……待てって上野」
「ご協力に感謝します、田端さん。この理想的な穴を心ゆくまで埋めさせてくれたら、ちゃんと衝動を抑えられるように日頃から努力しますよ、俺」
 それって俺の協力、多大すぎねぇか? そうツッコむより早く皮を被った指先が穴に触れ、思わず息を呑むと同時にグッと押し込まれて身体が揺れた。
「! 待っ──ちょっ」
 異物が入ってくる初めての感覚に、知らず全身が硬直する。
「田端さん、ちょっと力抜いてください」
「おま……初心者に無理言うな」
「まぁ、この狭い穴を埋めてる感が、また堪らないってのはありますけど」
 早くも若干興奮気味のクソ変態は、何だかんだ言いつつもゴムに塗布されたオイルの助けを借りて、案外すんなりと指を全部埋め込んでしまった。
「う──埋めたよな? 気が済んだか? 早く抜いてネクタイ外しやがれ。こんな何かのプレイっぽい格好なんかさせやがって、変態の上塗りじゃねぇか」
「勘違いしないで欲しいんですけど、これは作業効率を上げるためであって、こういうのが趣味ってわけじゃありませんからね? 俺。それに、まだ指1本しか埋めてないのに何言ってるんですか」
「あぁ? しか? しかって何だ? ほかに何埋めんだよ……?」
「そりゃあ」
 声とともに指が抜かれ、上野がポリウレタンの皮膜に指をもう1本差し込む。
「どこまで埋められるか、段階的に試してみたいですもんね」
「ちょっと待った、ンなの聞いてねぇ!」
「だって事前説明はしてませんから」
「てかどこまでってどういう意味──」
 言いかけたとき、また指を捩じ込まれて声が途切れる。さっきの倍の太さの異物が粘膜を分け入ってきて、田端は不自由な両手足をバタつかせた。
「ちょっと田端さん! そんな姿で暴れられたら、ほんとに妙なプレイでもしてる気分になっちゃいますよ。俺、そっちじゃないんですってば」
「そっちだろうがあっちだろうが、最初っから十分すぎる変態プレイだろ! いい加減にしろっ」
「じゃあ、巻きでいきます」
「あ?」
 
 
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