「どうしたんだ山田は?」
 終業後、とある居酒屋。
 遅れてやってきた田中が、奥の席に座る山田を見てから他の2人──佐藤と鈴木に尋ねた。
 が、答えたのは本人だった。
「荷物が来ねぇんだ」
 いつになく深刻な面構えで両肘をつき、指を組み合わせた手の甲に顎を載せてテーブルに置いたスマホを見つめたまま、山田は重苦しい声を吐き出した。
「配送トラブルか?」
「いや、荷物がねぇんだ」
「紛失?」
「そうじゃねぇ」
「──」
 田中が佐藤と鈴木を見ると、彼らは無言で首を振った。
 で、とにかく席に収まって通りすがりのオネーチャンにオーダーした生がくるのを待つ間、ようやく事情が見えてきた。
 山田の苦悩はどうやら、某宅配業者の会員サービスのLINEツールで隠れワザを試したいのに受け取る荷物がなくて機会が訪れない……というものらしかった。
「隠れワザって何だよ?」
「ネコ語で話しかけると黒いネコがネコ語で対応してくれんだぜ!」
「──」
 田中が佐藤と鈴木を見ると、彼らは無言で首を振った。
 で、埒が明かないから山田に解決策を提案してやることにする。
「なんかすぐ届くモンとか注文すりゃいいじゃねぇか」
「でも今、通販で買いたいモン何もねぇんだもん」
「あぁじゃあ、近いうちに一郎のものを何だかんだ買う予定あるから、お前宛にどれか送ってやろうか? んで、届いたら俺に渡してくれりゃいいだろ」
「マジで? けど俺は羽根より重たいモンは持ったことねぇ箱入りの秘蔵っ子だから、会社まで持ってくのが荷物になんねぇような小せぇヤツにしてくれよな。できればポケットサイズで。あと念押ししとくけど、配送業者は絶対ェ確認してくれよ? 飛脚とか熊に用はねぇ、口がニヤけてる自社便も却下、猫一択だからな!」
「なんか面倒くせぇ、やっぱやめた」
「男が二言かよ!?」
 目を三角にした山田の隣で、佐藤が眉間に疑問を刻んだ。
「飛脚はわかるけど熊って何だ?」
「さぁ、名古屋の鉄道系かな」
「宅配やってなくねぇか」
「日本郵便のキャラを言ってんじゃないスかね。仲間が何色かいて、たしかフクロウとかコアラまでいますよ」
「やけに詳しいな鈴木」
「本田くんの三番目のお姉さんが好きらしくて」
「へぇ。そういや、そろそろ結納の話とか出てんのか?」
「二番目のお姉さんと焼き鳥屋のオッサンっすか?」
「お前と本田だよ」
 鈴木が聞こえなかったフリで山田を見た。
「じゃあ、会社に持ってこなくてもいいヤツを俺が贈ってあげますよ山田さん」
「俺になんか買ってくれるってこと? 奢りで?」
「もちろんです」
「謹んで辞退申し上げるぜ、ロクでもねぇ予感がするから」
 山田が疑心暗鬼に満ちた面構えで後輩の厚意を辞謝したとき、田中の生ビールがやってきた。
 労働後のリーマンたちは改めてジョッキを交わし合い、焼き鳥の皿からレバーの串を取り上げながら佐藤が溜め息を吐いた。
「しょうがねぇ。明日着く予定の俺の荷物があるから、全然必要ねぇけど変更させてやるよ」
「それ早く言ってやれよ佐藤」
 
 
【END】

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